自分の意思で日本を出たものの、外国に住むと日本で味わうことのないくやしさを味わう事があります。
今日、また悔しい思いをしました。
多分こういう思いはここに住んでいる限り一生するんだろうな、と思いながら書いてます。
ちなみに私は
「言葉が分からないから助けて。」
と他人に助けを求めるのに異常な嫌悪感と屈辱を覚えます。
これは多分昔のトラウマなんだと思います・・・。
このトラウマとは、私が24歳の時Canadaに1年滞在した時の事です。
海外は初めてで英語力が0でした。
当時私の英語がどれだけヤバイかというと、UseがUsingになったら
Usingという単語、辞書に載っていないよ! ←進行形なんだから当たり前じゃ!
というほどです。
もっと具体的に言うと、
カジュアル・エントリー・シリーズ
という、基本的な英単語を理解できていなかったみたいです。
そんな私は、「校内は英語だけ」という英語学校で貝のように沈黙を守り、誰からも静かでおとなしい生徒だと思われていました。
全く英語が出来ず、外国に住むすべを知らない私が頼りにしていたのは、校内にいた日本人アドバイザー。
困った時は彼女に相談していました。
でも彼女はあまり優しい人ではなかったみたい。
言葉の出来ない学生を裏で馬鹿にしていたようです。
「Shiro。私さ、あのアドバイザー好きじゃない。」
私の友達が言いました。
「なんで?」
私が聞くと、彼女は悲しそうな顔をして言いました。
「あのね・・・。彼女(アドバイザー)はShiroの目の前で、Shiroの悪口を英語で言ってたよ。
”あの子(Shiro)は自分で何もやろうとしない。すぐ私の頼ってくるのよ。”って。」
私は楽をしようとして日本人アドバイザーに頼っていたわけではありませんでした。アドバイザーに助けを求めたのは どう転んでも自分には無理だったからです。
外国じゃ何も出来ない私。
目の前で馬鹿にされても気づけない私。
住む場所が違うだけでどうしてこんな扱いされなきゃいけないわけ?
言葉が出来ないくらいで人間性まで否定される?
すみません・・・トラウマの話が長くなり過ぎてしまいました。
ちなみにこの屈辱は、もう10年以上前の話でも未だに覚えているほど強烈な出来事です。←しつこい
そんなわけで、私は
「私の手に負えないから助けて。」
と助けを求めるのに未だに異常な嫌悪感を覚えるほどなのです。
今日、そのトラウマに触る出来事が起こってしまい、ちと落ち込んでおります・・・。



