John(仮名)は過去Blogで何度かネタにしている患者 で、私はこっそり彼をPain Guyと呼んでいる。

彼にすれば、薬を飲むのも触るのもPainと大騒ぎ。

金を隠すといったらパンツの中。と豪語する自称Big Baby。
彼のPain攻撃のせいでルームメートは不眠に陥り、通常部屋替えを申し出てくる。


そんなPain Guyの唯一のルームメートはウォーリー。

ウォーリー(仮名)は昔はどんな質問に対してもYesしか言わなかった。


もう随分前の話になるが、そんなウォーリーが頭の手術を受けた。

手術直後、病院で髪の毛を剃られてサムライみたいな頭にされていた・・・。

どうせ剃るなら全部剃ればいいのに・・・。

中途半端に剃られたらかえって屈辱的なんじゃないだろうか?と思う。


手術後、Yesしか言わなかったウォーリーが少しだけ進歩して、Yes以外の言葉を言うようになった!

それは

「オーライ!オーライ!オーライ!オーライ!!!」

オムツを替える間中ずっと言っている。

過去に、

「I'm on the way! I'm on the way! I'm on the way!!!!」(今行くところだ!)

と叫ぶので

「どこに行くの?」

と聞いたら

「・・・て・・・天国!」

これは周りをぎょっとさせたのだが、彼は現在ご飯を100%食べて、太り過ぎなくらい元気である。


そんなウォーリーが、昨晩とても苦しそうに唸っているのが聞こえてきた。

3部屋先の看護室まで聞こえてくる唸り声。

慌てて部屋に行った。


「ウォーリー!大丈夫?」

「Yes!!」 



「唸り声が聞こえてきたから、調子が悪いかと思ったよ。」


と言ったら彼は


「唸っているからって、調子が悪いわけではないだろう?」



いや、それはウォーリー、普通違うと思うよ?


ウォーリーとJohnと同室になった新患がやっぱり部屋替えを申し出てきた。

この調子で、Johnとウォーリーの部屋はいつも3番目のベッドが空いているのであった・・・。

29歳☆アメリカ留学の現実・その2  の続きです。


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留学資金が底をついてきたため、バイトしながら学生生活しよう、と決心した私。

ところが物事はそう単純ではありませんでした。

アメリカで働いてはいけなかったのです。


日系クリニックへ頼み込んだものの、やはり断られてしまい現実の厳しさを痛感した私。

落ち込んでいる私の元へ、1通の手紙が届きました。差出人は、面接時不在だった日系クリニックの院長からでした。



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前略

ご多忙の中、インタビューに来ていただきありがとうございました。

ソーシャルセキュリティーナンバーがないという事でお互い大変残念な事になってしまいました。

当方で面接を担当したオフィスマネージャーも

「とても親切そうで、あのような方ならお世話してもらえる患者さんはほんとに幸せでしょうね。」

と大変残念がっておりました。注↑これは明らかにお世辞と思われます。

これまでもこちらでナースになろうと日本から来た方々に手伝ってもらったことがありましたが、皆さん苦学しながらも大変頑張っておられました。

私もこちらで学生をしていた頃は経済的に大変だった経験がございます。

あなたもしっかり頑張ってナースになって下さい。成功を祈っています。

ソーシャルセキュリティー番号を手に入れることができたり、あるいはこれから何らかの形で私どもがお役に立てそうな折にはご連絡下さい。ではお体を大切に頑張ってください。


PS ほんの少しばかり同封させていただきました。おいしいものでも食べて、英気を養い勉強に頑張ってください。



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同封されていたのは、現金$100(約1万円)だったのです。


見知らぬ私に丁寧な手紙と現金$100を郵送してくれるなんて!!

異国の地で崖っぷちに立たされていただけに、こんなに親切な人もいるのかと、本当に驚き、涙が出るほど嬉しかったのを昨日の事のように思い出します。


$100は参考書代に充てる事にしました。合格した時に必ず御礼をしようと心に決めて。

そして月日が経ち・・・・


看護テストに合格した時、静岡のお茶を持ってクリニックへご挨拶に行きました。

この時が院長との初対面でした。院長が自分の事の様にとても喜んでくれたのを覚えています。


ちなみにこの先生は、リトル東京の整体の先生です。

ご自身が過去全日本を代表するスポーツ選手で、体を痛めたのをきっかけに、この道に入られたとの事。

それだけにとても真剣に治療をされている印象を受けました。



海外では、新参者を嫌う意地悪で性格の悪い日本人 もたまにいるけど、素敵な日本人との出会いもたくさんあると思います!

外国生活が長くなるほど、私は日本人同士助け合って行く事がとても大事だと思っています。



あらぁ・まぁ~~~~~っ!?がーん

前回の更新から随分時間が経ってしまいました!


皆さんいかがお過ごしですかっ?


さて私が今日書く事は、前回に引き続き (って、時間経ち過ぎ!)

移民関係あれこれでございます。


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29歳のアメリカ留学は却下の可能性あり。 がーん

・・・・と脅され?ていたにも関わらず無事学生Visaを取得!した私。


社会人留学の私はもちろん親の仕送りなど一切ございません。

だから現地で学生しながら適当にバイトしよう思っていました。

しかし現実はそう単純ではなかったのです・・・・。(・∀・)あまいよ、私!


経験者は存知かと思いますが、労働許可がないと働けません!!

生活費が底を尽いてきた私は働きたくても、


自由に働けない!!叫び



天才じゃない場合、

¥金の切れ目が留学の切れ目お金

・・・・なのでございます。

知ってたらごめんね~~!私は何にも知らなかったんですよ。



それでもめげず

私は、日本人コミュニティーのあるクリニックへ面接に行き、必死で頼み込みました。

「お願いです!何とか雇ってください!」



・・・院長は外出中。責任者の女性にやっぱり断られてしまいました。


「ごめんなさいね。うちは保険請求で収入を得るので現金が動かないから労働許可がない人を働かせられないの。レストランなどは現金が動くから、もしかしたらこっそり働かしてくれるかもしれない。そちらをあたられてはどうでしょう?」


とても感じの良い人でした。

「レストランはOKかも?」そんな裏まで教えちゃっていいのか?


でも結局断られてしまった・・・。がっくりと肩を落とし落ち込む私。

職業選択の自由が当然だったのは、自分が日本人で日本に住んでいたからだったんだ。

と、当たり前の事に気付く。 ←いやほんとにその辺よく実感していなかったんです。


日本で出稼ぎをする外国人の立場を身近に感じた私。苦労しているのね彼らも。


あれから一週間後、ある1通の手紙が私の元に届きました。

差出人は私が面接に行った時不在だった院長からでした。


ごめんなさい。長くなるので続きはまた・・


皆さんの優しいコメントに随分救われました。本当にどうもありがとう。

嬉しかったです。ううっ...


早いもので、あと数日で私は在米暦丸9年になります。

その在米9年の私が・・・

運転免許試験場で

「あなた”重罪”の意味理解している?」

と屈辱的な事を言われ、免許証を更新できなかった。

アメリカ人夫を連れて再交渉したら難なく更新できた。


しかも・・・本人悪気はないんだろうけど、

写真撮影場でBen殿は、私の髪の毛を整えて、思い切り頬にチューキスマークして、

「さぁ元気を出して!スマイルで写真写っておいで!」

・・・とやったのです。

撮影中真横でじっと私を見守る保護者Ben殿・・・。私は子供のように付き添われて免許更新・・。

在米9年の私が・・・・・来月38歳になる大人の私が・・・ゾゾゾありえねぇ・・


・・という悪循環に。

文章にすると笑えるかもしれないけど、この場にいた本人は泣けるほど情けなかった・・・。ううっ...・・というか泣いていました。


Ben殿が察して

「僕のせいでShiroちゃんに恥をかかせてごめんね・・・。」


助けたのに落ち込まれて謝るBen殿。それを見て自己嫌悪に陥る私なのでした。



やはり私はこの国の人間ではないなぁとつくづく感じます。

「留学したら日本人同士でつるまないほうが良い。」という意見を良く耳にしますよね。

短期の場合それもいいかと思うんです。限られた時間出来るだけ別の世界を吸収したいですものね。


でも、長期滞在ほど日本人同士のつながりを大事にした方がいいと私は思います。

(私は素敵な日本人と知り合っても、連絡不精者でつながりが疎かになりやすいんですけど・・。)


日本人は割と他民族に比べると、海外での結束が弱いような気がします。

現地で日本社会と関わる生活をしたがらない人が多いような。どうしてなんだろう?

前々回のBitchのような奴もいますが、素敵な日本人もたくさん出会っています。次回、私が出会ったある日本人について書きたいと思います。 


読んで下さってありがとう。



前回の続き です。

今日起こった出来事は、DMV (運転免許証を扱う機関)での事。

そろそろ運転免許証更新が近づいてきた私。

今回は結婚のため、更新時に苗字の変更が必要でした。

ホームページにあるとおり、結婚証明書を持ってDMVに行きました。

2時間待ちでした。

書類を出すと私の担当になった女性がいきなり私に怒鳴りつけたのです。

「グリーンカードの名前が古いまま!!免許の更新できない!」


いきなり怒鳴りつけた彼女に私は言いました。


「ホームページではそんな事言っていないですよ。」

「結婚証明書があります。」 

「怒鳴らないで下さいよ。別に悪いことしたわけじゃないでしょう?」


ホームページに書かれた内容どおりの書類を持参して2時間待って言われた言葉は

「That's felony. Do you understand what felony means!!!!????」

(これは重罪。重罪と言う意味理解できてる?)


「私じゃ手に負えないから助けて欲しい。」

と言う意味でBen殿に電話したわけじゃないんです。

こんなひどい事を言われて、悔しくてただ聞いて欲しくてBen殿に電話しました。



するとBen殿は(仕事中だったのに)

「僕と一緒に今からDMVへ行こう。」

というのです。



たかが車の免許更新に夫を連れてDMVへ行くなんて、子供じゃあるまいし自分のプライドが許せなかった。仕事中のBen殿に迷惑かけたくなかった。

「来なくていい。」と言ったけど、Ben殿はDMVへ現れました。




そしたら。

Ben殿がスーパーバイザーと話したらすんなり苗字の変更が出来たのです。


嬉しいと言うより、アメリカ人と私に対する態度が全然違うじゃないか。

私は完全に馬鹿にされていてリスペクトされていなかった。



免許更新さえ出来ないなんて。自分が情けないのとくやしいので、涙がぽろぽろと。



こういう思いは学生Visaの時はもっと頻繁にありました。

学生は労働禁止だから働けない。

だから看護師試験に合格しても免許証がもらえない。

収入がなければクレジットカードが作れない。ローンが組めない。

携帯・ガス電気を引くのもアパートを借りるのも

何をするにもアメリカ人のようにスムーズにいかない・・・。


「ここでは社会的地位がない。」

というのを痛いほど実感した私。



一応そういう経験を通ってきたから打たれ強いはず・・・なんだけど

悔しい思いをしても人に頼ることはせず自分で一つ一つ解決してきたからそれが自信に繋がっていたのかも。



でも今日は、アメリカ人のBen殿が出てきたらあっという間に解決してしまいました。

相手のあまりの態度の違いに驚くのと同時に、自分の無力さと社会的なハンデを目の当たりにして、結構落ち込んでしまいました。



Ben殿は仕事を中断してまで手助けしたのに・・・喜ばないで落ちている私に戸惑っています。ごめんなさい。