大阪のコリアンタウンは鶴橋の他に実は近くにもう一か所ある。
桃谷の大阪コリアンタウンである。
鶴橋より南投方面に少し歩けば行けるが、時間の都合上今回はあきらめた。
次は天王寺に行くのだが、大阪循環線に乗ればすぐに行ける。
しかしその間に黒門市場という有名な観光商店街があるので、その道すがらここを通ってみることにした。
鶴橋からは西方面に進むが、この辺りは多少道路に起伏のある低い丘陵地帯。
大坂の陣の際に真田幸村の築いた真田丸はこの辺りにこうした起伏を利用して作られた。
黒門市場までは約2キロ。
ゆっくり歩いたので結局1時間くらいはかかったか。
黒門市場はアーケード街だった。
入口の雰囲気は県庁所在地系の都市ならどこにでもあるアーケード商店街。
人口の少ない地方都市ではすでにシャッター通りとなっている。
黒門市場に行きたかったのは、外国人観光客で大変にぎわっているという話を聞いてからだ。
大阪には何度も行く機会があったが、何故か行かなかった
。しかし今回よく地図を見てみるとここは難波に近いというか、ほぼ難波。
ここは今年で開設200年だそうだ。
200年前の1822年は文政5年。
幕府将軍は大御所といわれた第11代家斉。
世は天下泰平、江戸250年の中で最も安定した時代で、いわゆる江戸文化も栄えた。
現代人が江戸時代江戸文化を最も意識する時代である。
しかしこの200年前というのは大阪ではそんなに古くはない。
東京の老舗はこれから幕末、明治にかけて創業したものを多くみるが、大阪ではまた一時代古い。
江戸時代初期の年号のものも結構見る。
調べてみると黒門市場も明治時代の大火と大阪大空襲で二回吹き飛んでいる。
従って今あるのは戦後再建されたものだろう。
ここには行ってみると海鮮グルメ関係の店がずいぶん目立つ。
ここの感じは上野のアメヤ横丁ともよく似ている。
だが一つ違うことは海産物の小売店ではなく、屋台マーケットという感じだ。
ここが今のように方針転換したのは、およそ10年位前から。
中国人を中心とする外国人観光客がその中心となってきた。
海産物の食べ歩きがそのメインだったようだ。
だから自分がここの存在を知ったのはこの話題が出てきてからだと思う。
上野アメ横は海鮮、乾物、衣類、お菓子など何でもありの戦後闇市上がりの日本人相手の商店街。
しかし黒門市場は昔から海鮮関係の市場だったが、外国人に人気が出て、方針転換をしたような感じだ。
しかしこれも3年前からのコロナでほぼすべてがおじゃんとなった。
今やっと営業を再開したという感じだ。通りを歩く人にもそんなに外国人(西洋人)はいない。
韓国人はいるだろうが、見かけでは日本人と区別ができない。
ただ自分には問題点もあった。
エビ、カニの塩焼きも良いが、値段がべらぼうに高い。
茨城県那珂湊や新潟県寺泊などの方が断然安い。
またもう一つここにはコリアン関係のものはほとんどない。
よってここは通り抜けるだけだった。