オーストラリアの鍼灸師事情について復習。まず患者側からの視点。

オーストラリアは、国民皆保険制度(Medicare=国民健康保険のようなもの)であって、治療費の殆どは、これで賄われるが、鍼治療を受けた場合、所定の鍼の勉強を修めた医師でないと、患者は還付金を受けられない。

また普通の人は、Medicareでカバーされない歯科、眼科や医師以外の鍼治療、マッサージなどを受けた場合、還付金を受けられるというか、保険会社から負担して貰えるように、民間の保険会社に加入する。

ただ、民間の保険会社に加入しても、例えば、鍼治療をカバー出来ないコースを選択しても、意味はないので、鍼治療やマッサージを受けたりする事が多い人は、相応のコースを選ぶ。

つまり、患者側で鍼治療を受けて、負担を軽くしようとすると、民間保険の鍼治療を含むコースに入る必要がある。

次は施術者側の立場。患者に還付金を受けさせるようにするためには、各民間保険会社に鍼灸師として登録(プロバイダー)しないといけない。以下のような書類(保険会社によって、もっと厳しかったりするので、まちまち)を揃えて、各民間保険会社の送付して、登録申請をする。

・申請申込書

・オリジナルと政府公認の翻訳家による英文卒業証書(公証人のサイン入りコピー)

・オリジナルと政府公認の翻訳家による英文成績証明書(公証人のサイン入りコピー)

・オリジナルはり師免許と英文はり師免許(公証人のサイン入りコピー)

Senior First Aid証明書(公証人のサイン入りコピー)

・損害賠償保険加入証明書(公証人のサイン入りコピー)

・英語能力証明書(公証人のサイン入りコピー)

こういうのを約50ある民間保険会社に申請するのは、非常な労力を要する。大体、何も情報がなければ、「損害賠償保険加入証明書」だって、どの保険会社にどうやって入っていいか分からないし、公証人を探し出すのも大変だ。

したがって、それらが一括で済むように、オーストラリアの自然治療療法協会や鍼灸協会に加入する方法を選ぶ。協会に加入すると、大手の保険会社以外は、大体、自動的にプロバイダーとして登録が出来ている。

Aという保険会社に、協会を通じて鍼灸師として登録。Aの保険に加入している甲さんが鍼治療に来て、治療費の$60を受け取り、協会の登録メンバーの番号を記載した領収書を渡す。甲さんをその領収書を持って、A保険会社のカウンターに持って行く。還付金の$20(例えばの金額。保険会社によって、金額は違う)を受け取る。つまり、治療費は$40で収まる。

こういう流れになるので、民間保険会社のプロバイダーにもなっていない、協会にも入っていない鍼灸師よりも、安心感があるし、治療費からみても有利だ。だから、協会に入るのが得策だと思う。

私は腕も自信もあるので、協会に入らなくても大丈夫、という人は、Victoria州以外なら、その方向でも仕事は出来る。鍼灸師の事ばかり書いているが、マッサージ師でも同じ事。

ただ、所謂「指圧」を受け入れている民間保険会社は少ない。オーストラリアでマッサージ師として展開させるためには、こちらの学校に入り、「Remedial massage」という領域のDiplomaを取得する事が、有利に作用する。

マッサージについては、法的規制がないので、資格がなくても、マッサージの資格がなくても、マッサージの仕事は出来る。

実際、日本で整体をやってました、日体大の在学中に先輩にマッサージをよくしてたので自信はあります、エステで働いていました、という「経歴」を持って、求人に応募して来る人も多い。

日本人経営のクリニックなら、ひょっとして採用するかも知れないが、現地の鍼灸、マッサージ専門のクリニックでは、保険会社のプロバイダーにもなってない、協会にも所属していない施術師の採用の可能性はあまりない。

蛇足だが、日本で、正規の学校にも行かず、国家試験にも合格していない人が、1週間とか2ヶ月の講習で聞いた事もないようなマッサージ法が出来るという事で、働かせて下さいと言ってくる人も居る。

1週間で得られた技術なんかは、1週間の効力しかないし、3ヶ月で取得した怪しげな資格も3ヶ月の効果しかない。つまり、何の役にも立たない。

鍼灸指圧師のプロとアマチュアの差違は、技術より鑑別能力。「肩が痛い」という患者に、四十肩だなと鑑別する時の根拠の有無と専門的説明が、プロとアマチュアの分水嶺になる。

鳥口突起炎ではなく、肩峰下滑液包炎でもなく、上腕二頭筋長頭筋炎でもないと判断する根拠を解剖生理学的に説明が出来、治療方針と生活改善指導が出来る事が重要。

個人的に言うと、例えば、国家試験を合格したばかりの臨床家と医療学校には行っていないけれど5年の臨床経験がある整体師の間には、治療技術自体の格差などはあまりないと思う。

差があるとすれば、鑑別の論理的根拠の提示能力。また、それがないと正規の臨床家とは言えない。そういう人でないと、ぼくも雇わない。