以前、10年前から在豪している日本人鍼灸師に、「AACMAの加入は、今は難しいので、ATMSに申請をしたらいい。比較的、簡単に入れるよ」。こう言われたぼくは、ATMSに対して、年末に鍼灸師と指圧師の申請をした。


AACMAというのは、オーストラリアで一番権威のある鍼・漢方協会で、基本的に鍼師、漢方師が登録する機関。

一方、ATMSというのは、鍼、漢方、栄養、スポーツ・マッサージ、アロマセラピー、指圧、推掌、タイ・マッサージなど24の治療形態を取り扱う。

年末の休みがあるので、結果が来るのは、翌年の1月だろうと思い、待っていると、2月になっても、音沙汰がない。訝しいではないか。2月に入って、ATMSに問い合わせの電話をしたところ、加入を決める委員会はまだ開かれてないので、開かれるまで待てと言う。いつ開かれるのかと聞くと、まだ決まっていないと広言する。

文句を申し立てたところで、事態が変化がする訳でもないので、待ってみる。更に待つこと、三四、12週間後の5月。漸く結論が出た。

「おめでとうございます。指圧師として、ATMSのメンバーとして迎えます」

へ?指圧師?鍼灸師の一件はどうなった。当日は夕方だったので、翌日、電話をしてみた。


「神門と言いますが、先般そちらに申し込みをしたところ、昨日、届いた手紙によると、『指圧師として…』となっていますが、間違いないですか?鍼灸師の事はどうなっているんですか?」

「ええと、神門さん…、神門さんね。ちょっと待って下さい…。あ、鍼灸師としては、受理されてませんねえ」

「それは、どういう理由なんですか?」

「うーん、私には分からないので、担当に聞いてみます。待って下さい」

5分ほど待たされ、「すみません。担当は今日、休んでいますので、ちょっと分かりません。また日を改めて、電話して下さい」。

一緒に働いているんじゃないのか。人を電話口で5分待たさないと、担当が休みかとうか分からんのか。そう言いたい気持ちを幾分抑えて、

「では、明日電話します」と、轟然と言い放つと、

「明日はまだ休みだと思います」

「では、いつ電話すればいいんですか?」

「来週にでもお電話いただけますか?」

何じゃ、そりゃ。

「では、また来週」と言って電話を切った。

翌週、電話してみると、担当は居た。

「鍼灸師として、加入出来てないというのは、どういう事ですか?」

「さあ、それは分かりませんねえ」

「え?どういう事ですか?そちらで決めたんじゃないすんですか?」

「決めたのは、委員会ですが、基準を決めているのは、UTS(University Technology of Sydney)の鍼灸科ですので、そこのロバート教授(仮 名)に電話して、聞いてみて下さい」。

なるほどと思い、ぼくは電話番号を聞きだし、ロバート教授に電話して、事情の説明を乞うた。

「そんなの分かる訳ないじゃないか?考えてもみたまえ。君の協会加入を認めない事を決めたのは、協会の委員会だ。私には無関係だし、そんな事を聞かれても困る。もう一度、協会に聞いてみてくれ」

なるほど、もっともな話だ。そう思い直し、また協会に電話してみた。

「さっきロバート教授に電話して聞いてみましたが、UTSではそんな事分からないと言ってます。そちらで聞くのが筋ではないかと申していますが」

「えぇっ、そんな事言ってるの?そんな事を言われても、うちには基準がないから分からないんだよ。もう一回、UTSに質問をしてもらわないと、うちでは何も分からないんだよ」

「しかし、決定を出すのは、そちらの機関ではないですか?UTSの基準があったにしても、最終決定権者はそちらに所属しているんじゃないですか?」

ぼくは、協会に加入したい一心で、あくまで低姿勢に質問をしていた。

「では、主任教授にブライアン教授(仮名)という人が、居るから、彼に聞いてみて下さい。その方がはっきりすると思う」

分かりましたと言って、電話をしてみると、午後4:50。UTSの電話にも誰も出なかった。まして、金曜日。また疑惑の解明は翌週になる。

次の週、ブライアン教授に電話をしようと思ったが、考えてみると、ATMSの事務所は、当時のうちの自宅からバスで5分ほどの場所にある。ぼくは、直接出向いて、担当者と談判することに決めた。

相手にとっては不運。こちらにとっては運のいい事に、担当のマネージャーが居た。事情を説明して、鍼灸師として加入出来ていない理由を尋ねてみた。

ぼくの履修証明書を見ながら、マネージャーが聞く。

「ふうむ、漢方を勉強してないねえ。それに、3年間しか勉強してない。これじゃあ、駄目だなあ」

「何がですか?」

「あのねえ、オーストラリアでは、4年間で2600時間勉強するんだ。それに、漢方も勉強する。臨床実習として、学生の間に、患者に治療する訓練もするんだよ。日本の教育はどうなってる?」

「2600時間?日本は3年間で、3200時間勉強します。その後、難易度の高い(ハッタリ)国家試験を受験して、合格しないと鍼灸師にはなれません。学生で患者に治療っていっても、資格のない人間に治療させるのは、法的に出来ません。資格を取って、その後、治療経験を積んでいくわけです。それと漢方は、薬剤師の領域なので、鍼灸師の出番はなしです。そう考えると、オーストラリアは、ずいぶん杜撰ではないですか」

力無く、言いたいことは言っておいたが、結局、ATMSに加入したいなら、UTSでどういう条件を満たせばいいのかを聞いてみたらどうだ?と言う。ぼくは、嘆息を漏らし、自宅に帰った後、UTSのブライアン教授に電話して、進むべき方法を問うた。

簡単なのは、UTSで再度鍼灸の勉強をする事。しかし、過去、履修している科目もあるので、免除になる教科もあるという。免除になったところで、履修科目は、自分の都合で受ける事が出来ないため、四年間行かなければならないだろうと言う。

それか、チャイニーズ系機関で、鍼灸試験をしてくれるので、それに合格すれば、ATMSも認めるし、加入は大丈夫だろうという。しまいには、何で、日本の鍼灸免許なんかを取ったんだ?鍼灸は、オーストラリアの教育が最先端なんだぞ、とまで嘯く。

事態は何も好転しないまま、時間だけが過ぎ、ATMSでは、指圧師だけの登録という事になってしまった。ぼくは、ATMSの言いなりになるより、他の鍼灸師会を探す事にした方が得策と判断し、ANTAという協会に申請をする事にした。2003年7月の事である。