ベテラン外資系投資銀行家の視点

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Kraft Foodsが事業分離を発表したね

これは非常に興味深い案件であり、日本企業にも学ぶべき所が大きい

(参考:Kraft Foodsの決算発表資料
Financial Times「Kraft reveals plans to divide into two」
Kraft Foodsは米国に本社を置く世界最大級の食品・飲料会社です。ダウ平均株価構成銘柄であり、時価総額は約600億ドルです

昨年4月に同業のCadburyを約120億ポンドで買収したばかりでもあります
2012年末までに北米食料品事業を別会社としてスピンオフし、上場させる。一方、Kraft Foods本体は残されるスナック事業に集中する格好だ

事業分離の理由は明確で、これら2事業のリスク・リターンプロファイルの差異にある
成熟市場の北米での食料品事業は高利益率低成長が見込まれている一方、グローバルに展開するスナック事業は主に新興国への事業拡大を背景とした低利益率高成長が見込まれています
高利益率低成長の企業が取るべき策は高配当、自社株買い等を通じた株主還元の重視だ

コーポレートファイナンスの基本として、Net Present Value(正味現在価値)が正の投資案件があれば企業はその投資を実施すべきだが、成熟市場、低成長市場ではその様な案件は少ない

従って、余剰現金をNPVが0の案件、即ち、配当や自社株買いに充当することが正しい
一方、高成長市場ではNPVが正の案件が多いので、直接的な株主還元を一旦留保し、事業キャッシュフローをその様な案件への投資に充当すべきという訳ですね

今回のKraft Foodsの資料にも

「Invest to support growth vs. return cash to shareholders」
(「成長を支える投資」対「株主への現金還元」)

という言葉が出てきます
もちろん、グループ全体でポートフォリオとして両方の属性を持つ事業が混在する場合、「高利益率低成長」の事業で得たキャッシュフローを「低利益率高成長」の事業への新規投資に回す事が即座に否定される訳ではない

その様な事業ポートフォリオを持つ代表的な日本企業として東芝がある

東芝は社会インフラ事業で得られる安定的なキャッシュフローを高成長が見込まれる半導体事業、特にNAND事業への投資に充てることを基本戦略としている
しかし、多様な事業ポートフォリオを持つことは、経営陣の恣意性の拡大、エージェンシー・コストの増加を意味します

事業の透明性が薄れ、株主利益が蔑ろにされる危険性が指摘されます
懐かしいコングロマリット・ディスカウントの議論だね

株主としては、事業の透明性が確保され、キャッシュフローの使途に対し経営陣の恣意性が極力介在しないことが望ましい

安定的な事業と高成長の事業でのポートフォリオを組みたければ、それぞれ純粋に1つの事業のみを手がける企業が存在する場合、株主で自由にその様なポートフォリオを組める

しかもそのポートフォリオの方が柔軟性が高い。より安定的なポートフォリオにしたければ安定的な事業の株式を2、高成長の事業の株式を1の割合で持つという具合だ
少なくとも日本においてはコングロマリットディスカウントの存在は明らかです

日立でも、ソニーでも、東芝でも、各事業の価値の合計より全体の企業価値が少ないことは、例えば各事業を専業とする企業のPERやEV/EBITDA等のマルチプルを各事業に適用することで簡単に確認出来ます
Kraft Foodsの最大株主であるWarren Buffettはこの事業分離を支持しているそうだ

私としても、コーポレートファイナンス的価値が明確なこの案件を指示したい
同様の案件として私の記憶にあるのは、2008年のTelekom Malaysiaの固定電話事業とモバイル事業の分離です

固定電話事業は安定的なキャッシュフローが見込める一方成長性が低く、一方モバイル事業は新興国での高成長を実現する為に多額の投資を必要としていました
彼らも、固定電話事業に関しては高配当性向を通じて株主還元を重視する姿勢を打ち出し、スピンオフされたモバイル事業は事業キャッシュフローを投資に充当しての高成長の実現を標榜していた
日本全体の資本効率性の向上のためには、この様なスピンオフ、De-merger案件は不可欠だと思われます
代表的なコングロマリットの日立がHDD事業売却を初めとした事業リストラクチャリングに乗り出していることは救いだが、遅きに失した感がある。三菱重工との経営統合、もしくは事業統合に関しては未知数だ

日立は2009年3月期に国内事業会社過去最大の7,873億円の赤字を計上しているが、その様な「ショック」が無かった場合、ルネサステクノロジとNECエレクトロニクスの経営統合やHDD事業の売却等の経営判断に踏み切れなかったのでは無いか
日立はルネサスエレクトロニクスの株式も未だに売却出来ていません。依然として持分法適用関連会社であるので、半導体市況が悪化した場合、大きな損失を被る可能性があります
Kraft FoodsもTelekom Malaysiaもコングロマリット企業ではない。同種ではあるが、リスク・リターンプロファイルが異なる2事業を有していたに過ぎない。それでも、株主利益の重視を企図してそれらの分離に踏み切った訳だ

ましてや、複雑な事業ポートフォリオを有し、株式市場からそれらがディスカウントで評価されている日本のコングロマリット企業が取るべき施策は明らかだ
東証と大証の統合交渉の難航が報道されている

最大のネックは統合スキームだと言われているが、こんな着地点が見えた議論も無い

彼らが選ぶべき統合スキームは明らかだ
現在、検討の俎上に載っていると報道されている統合スキームは4案です

①東証が現金対価TOBにより大証の株式を100%取得

②東証が現金対価TOBで大証株式の過半(もしくは3分の2超)を取得

③大証が東証株式を株式交換で取得

④現金対価TOBで大証株式の過半(もしくは3分の2超)を取得。その後大証が東証株式を株式交換で取得

この中に彼らが選ぶべき必然性があるスキームがあるということでしょうか?
スキームを1つずつ見ていこう。

まず、①についてだが、問題点は「統合会社の財務内容の悪化」だと言われている

大証の時価総額は約1,000億円。仮に30%のプレミアムでTOBを実施するには1,300億円が必要となり、東証はその様な多額の現金は持ち合わせておらず、銀行借入等で対応しなければならない。その負担が大きいとの指摘だ
①に関しては「東証が大証を買収するという統合スキームに対して、大証経営陣が拒否反応を示している」との報道もありますが
その様な建前に拘泥して統合スキームを論じる経営陣がいるとは考え難い。底の浅い経済誌による愉快犯的報道だろう。少なくともそう信じたい
②は取得する株式を50%超、もしくは3分の2超に限定することでそのファイナンス負担を軽減するスキームですね

しかしながら、問題点は明らかで、これは東証が上場を果たした場合、いわゆる「親子上場」に当てはまります
親子上場は親会社と子会社が共に株式を公開している状態を指す。この状態には親会社と親会社以外の子会社株主間での利益相反を始めとする問題が存在し、欧米等の多くの証券取引所では認められていない

一方日本では、1996年の子会社の上場基準緩和以降、多数の子会社が上場を果たしてきた

東証はこの問題を是正すべく、近年一貫して親子上場に批判的なスタンスを取っている。依然として親子上場を果たしている企業が多数存在していることからそのスタンスの甘さを指摘されてはいるものの、自身が親子上場の危険性を犯す様な統合スキームを選択する訳には行かないことは明らかだ

(参考:「親会社を有する会社の上場に対する当取引所の考え方に付いて」
東証は将来的な上場を基本方針としてはっきり宣言していますから、この事を考慮しない訳にはいきませんね
③は「大証が東証株式を株式交換で取得」するというスキームだが、少しテクニカルな、けれども非常に重大な問題点がある
その問題点も、「大証が東証を買収するという統合スキームに対して、東証経営陣が拒否反応を示している」という程度の低いものではありませんね
このスキームが実施された場合、東証株式は大証株式に交換され、東証は間接的に上場を果たす。この様な上場を「テクニカル上場」と言う

テクニカル上場に対する東証の取り扱いを見てみよう

既に上場している会社が実質的な存続会社と認められない場合、「合併等による実質存続性喪失に関わる上場廃止基準」に抵触し、新規上場に準じた審査を受けるための猶予期間に入ることになる。審査の結果不適当とされる場合は上場廃止となる

これは株式交換を通じた裏口上場を防ぐための措置だ
2009年のみずほ証券と新光証券の合併の際も、規模が大きいみずほ証券が未上場で、新光証券が上場企業であったため、東証の審査を受けました

未上場企業が規模の小さな上場企業と合併することでテクニカルに上場することに対しては歯止めが必要であり、上場審査と同様の審査が課されるべきであるということは理解出来ます
東証は大証と総資産の規模は同程度だが、営業収益では東証の方が遥かに大きい

従って、「大証が実質的存続会社であり、「合併等による実質存続性喪失に関わる上場廃止基準」には該当しない」と述べるのには無理がある

上場の門番たる証券取引所が、自らの存在意義を否定する様な、裏口上場の疑義をかけられる上場形態を選択する訳にはいかない
最後、④に関してはどうでしょうか?

「現金対価TOBで大証株式の過半(もしくは3分の2超)を取得。その後大証が東証株式を株式交換で取得」というスキームです
本質的に③と同じ問題点を有する。現金対価TOBで大証株式を取得するのは株主総会特別決議を通すためだが、その後の株式交換に際しては、テクニカル上場の問題を避けられない
であれば①~④のスキームそれぞれに重大な問題があるということですね

それでは適切な統合スキームというものが存在しないように一見思われますが
選択すべき統合スキームは明らかだ

①の「東証が現金対価TOBにより大証の株式を100%取得」以外に無い
買収ファイナンスを通じた統合会社の財務悪化の問題に関しては、どの様に考えれば良いのでしょう?
幾つかの経済誌、新聞で財務悪化の危険性からこのスキームが否定されているが、実際、現金買収を経ても大幅な財務悪化には至らない

少なくとも、経済誌、新聞に書かれているような「借金まみれ」にはならない
東証の有利子負債は今年6月末時点で176億円程度です。一方、現預金が586億円程度あります。また、大証はほとんど無借金である一方、現預金が380億円(長期預金を含む)もあります
30%プレミアムで大証の株式を100%取得しても、統合会社の純有利子負債は高々510億円だ。この場合のネットD/Eレシオは0.4倍に過ぎない

代表的な競合企業であるNYSE EuronextのネットD/Eレシオは0.3倍だから、統合会社の水準は少なくとも「非常に高い」ものではない
十分許容範囲内ですね。統合により東証、大証に対する銀行の内部格付けが低下する危険性さえ無いでしょう
証券取引所の役割は何か?

・ 投資家に対し、上場審査、上場企業への指導を通じて企業(即ち、上場された証券)の質を担保すること
・ 企業に対し、直接資本市場へのアクセスを提供すること

この2点を通しての資本市場の健全な発展に寄与することだ
①以外の統合スキームは、「親子上場」、「テクニカル上場」といった証券取引所のビジネス、存在意義の根幹に関わる重要な問題に抵触します
上場を目指す証券取引所は、上場企業、上場を目指す全ての企業に対し、自身の上場プロセスを通じて「上場」に対する範を示さなければならない。「上場」に対する自らのコンセプトを体現しなければならない

その基本原則に沿って今回の統合を実現するためには、東証が大証を現金対価TOBで100%買収し、その後十分な準備期間を経て、統合会社として改めて上場を目指すべきであることは明らかだと思われる

この様な本質論、証券取引所の原則論に根ざした記事が新聞各紙、各経済誌に載らないことは非常に残念だ
Wall Street Journalの記事「European Banks Slash Jobs」 読みました?
読んだよ。特に驚きは無いね。発表が一足早い米系銀行の決算内容で債券部門の不振による利益減少は分かってたから
ゴールドマン・サックスの決算は衝撃的でしたね。債券トレーディング収益が前期比で63%減少し、EPSは1.85ドルと、アナリスト予想平均の2.30ドルを大きく下回りました
しかし、相変わらず刹那的な業界だよ。規制強化によりリスクウェイトが極端に高まるプロダクトを扱う部門は、規模を縮小しなければならないことは2年前位から明らかだった

にも関わらず、QE2等の金融緩和で低金利状態が継続し、債券トレーディング部門が好調だったのでその舵を切れなかった

マーケットが変容して収益が悪化した突端、横並びで極端な大幅人員削減に乗り出す。喜劇だね
記事の中でも、

「The recent and announced layoffs reflect a fundamental shift in the factors behind banking profits. Firms across the world are grappling with the problem of how to make sufficient returns for their shareholders while meeting a raft of new and costly regulatory requirements that have forced them to rethink some of their activities.」
(直近発表された人員削減は、収益の基本的な仕組みが変わってしまったことを反映している。世界中の銀行は、自らの事業領域を見直しつつ、コスト増をもたらす新しい規制に対応しつつ、いかに株主に十分な利益を還元していくのか、という問題に直面している)

との記述があります
事業領域を見直すのであれば、まずリテール銀行と投資銀行を分離すべきだ

リテール銀行の個人が預けた「預金」を投資銀行を通じてハイリスクプロダクトに投資し、その結果を銀行全体で背負うという仕組みは明らかにおかしい
銀行にお金を預ける個人は、預金が様々な場所で引き出せたり、他の口座に振り込んだり出来るインフラ機能と、預金に対する僅かな金利しか期待していません

銀行も個人から預かったお金を、中小企業融資、住宅ローン等を中心に運用すれば、ローリスクで個人が期待するリターンを達成することが可能です

例えば、中小企業融資は1件当たりの融資金額が少ないので分散効果が働き、また住宅ローンは住宅という確実な担保が設定出来るので、バーゼル規制上のリスクウェイトが低く設定されています
その様に機能分離すれば、株主もリテール銀行を「インフラ銘柄」と見直し、安定収益、安定配当を期待する様になる
そうすれば、現在の様な高いROEが株主から期待されることも無くなり、WSJの記事が指摘する様な事態は起こりませんね
分離された投資銀行側は、自らに対する資本負荷を十分に満たす範囲内でトレーディングを含めたビジネスを行えば良い。そのリスク、結果は自らに帰属する

しかしながら、万一の事態の場合の破綻処理を容易にするために、特定の銀行による市場操縦の疑義を減じるために、それら銀行の規模は制限すべきだ

ゴールドマン・サックスの様な巨大なマーケットポジションを持つ投資銀行は、サー・チャージ(巨大銀行に対する上乗せ資本負荷)の様な婉曲的な対処法ではなく、すっきりと分割されなければならない
結論として、リテール銀行とホールセール銀行は分割し、さらにそれら銀行の規模も制限すべきだと
銀行に対する新たな規制の枠組みについては、既に多く議論されている所だが、複雑に利害が絡み合い、中途半端な結論のまま実行されようとしているのが残念でならない