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ベテラン外資系投資銀行家の視点

ベテラン外資系投資銀行家の視点で経済ニュース等を解説します

先週金曜日(7月15日)に欧州の主要90行を対象としたストレステストの結果が公表されました。日本の新聞各紙でも大きく扱われたことで皆さんご存知かと思います
相変わらず日本の報道は酷いね
と申しますと?
日経を例に挙げると、「ギリシャ問題等の渦中ではどんな基準でも説得力は無い。EU首脳会議でギリシャ支援問題が十分に進展しない場合、ユーロ不信を抑える狙いのストレステストが、ユーロの新たな混乱の引き金にすらなりかねない」と述べている
分析を放棄したコメントですね。であれば、どの様な基準でストレステストを実施すべきであったのか日経の記者に意見を伺いたい所です
投資銀行の中途採用の面接で「今回発表されたストレステストのストレスシナリオの設定についてどう考える?」と聞いて、日経の報道の通り、

「ギリシャ問題等の渦中ではどんな基準でも説得力は無いでしょうね。ギリシャ支援問題の進展無しでは、ストレステストがユーロに新たな混乱を引き起こす可能性すらあると考えます」

と候補者が答えたら、その人の見識を疑うよ。採用する可能性は限りなく低い
私が答えるのであれば、

「現在の欧州の状況では、EABが極端なポジションを取って、ギリシャを初めとする問題国の債権に関して大幅なヘアカットを設定したシナリオを用意することは政治的に非常に困難であったことが推察されます。従って、それら問題国に対するソブリン・エクスポージャーを銀行毎に開示させ、市場にストレステストのシナリオ設定とその分析の一部を委ねたことは、最善とは言えませんが、銀行監督機構としての良心を保つぎりぎりの判断であったと考えます」

といったとこでしょうか
日経の記者は、EABの開示資料すらまともに読んでいないのだろう。

開示資料は1,000ページを超えるが、桜井くんが述べたソブリン・エクスポージャー等示唆に富む定量的なデータが大量に開示されている。

前回のストレステスト実施時、損失を全く考慮せず批判が多かった銀行勘定のソブリン・エクスポージャーに関しては、今回、ヘアカットは実施しなかったものの、各ソブリンに付き2ノッチの格付け低下を想定した場合の引当増によりその影響度を評価していることも注目に値するだろう。ただ、90行トータルでの引当増加が高々115億ユーロであるという点でそのシナリオの甘さが知れる
シナリオ設定以外では、現在予定されている規制強化策が完全適用されていない数字であるという点が気になります。

コアTier1ベースとは言え、控除項目を完全適用したものでもなければ、リスクアセットの掛け目増加等を完全適用したものでもありません。バーゼル3は適用されず、CRD3が一部適用されているのみです
確かにね。「2012年段階で適用が予定されている規制枠組みでのコアTier1比率5%」という水準がどの様なものか明確でない。バーゼル3の段階適用は2013年からだ。

ただ、最もインパクトが大きいであろうCRD3のマーケットリスクに関する掛け目増加を織り込んでいる点は評価出来る
グローバル銀行の目線はバーゼル3完全適用ベースで10%です。これは主要な機関投資家の目線でもあります。最もこれは平常時の数字なので、ストレスシナリオ下では10%を下回る数字も許容範囲内でしょうが、5%は許容出来ないでしょう。これはCoCoの転換条項がヒットしてしまう様な非常に低位な水準です
ストレス下でもバーゼル3の資本保全バッファー(2.5%)を含んだ最低要求水準は満たす、という意味でグローバル銀行にとっては7%が目線だろう。RBS(6.3%)、Deutsche(6.5%)、SocGen(6.6%)らはこの水準を下回っている。バーゼル3完全適用前の数字であるにも関わらず
開示された大量のデータを完全に消化した訳ではありませんが、ざっと読んでみただけでも欧州銀の資本不足は明らかですね。

5%を僅かに上回るに留まり、かつ多額のソブリン・エクスポージャーを抱える銀行に付いて、EABは、「配当抑制」、「資産減少(Deleveraging)」、「資本増加」等の改善策を今後9ヶ月で実行することを求めていますが、6%台の銀行も、これらのコアTier1比率改善策を検討せざるを得ないでしょう
今年、Commerz BankやUniCredit等欧州銀の増資やハイブリッド証券のリストラクチャリング等が相次いだが、その傾向は継続するだろう。

株やハイブリッド証券の投資家は今回のストレステストで新たに開示されたデータを分析し、各銘柄の希薄化リスク、リストラクチャリングリスクを十分に把握する必要がある

実際、Deutsche bankは「Future mitigating actions」(規制強化の影響を緩和する策)を実施する予定だとストレステスト発表同日に述べている
欧州銀は資本の質の改善の為にノンコア部門の売却を加速させていますが、全行同じ様な状況で買い手が不足しています。ここで邦銀が上手く立ち回り、ディスカウントプライスで優良アセットを幾つか買えれば面白いのでは無いでしょうか
邦銀は欧州にプレゼンスを持つグローバル投資銀行全てに声がけし、その様な買収機会を照会すべきだ。しかし、最大の問題はオークションプロセスに付いていけない意思決定プロセスの遅さにある

Morgan Stanleyに対するMUFGの出資等、機を見るに敏であった過去の例外もあるが、この様な好機を邦銀が捉えられないのは本当に残念だ
去年位から「ITバブルの再来」が色んな媒体で叫ばれてるね
「SNSバブル」と言う人もいますね。今年5月にIPOしたLinkedInの株価が公募価格の2倍以上に上昇して注目を集めたことも記憶に新しいです。

また、先週、Google CEOのEric Schmidtもこのことについて質問され、

「バリュエーションが正しいかどうか判明するのは、従業員のロックアップ期間が満了し、大量の株が市場に出回った後だ。通常、そのロックアップ期間は6ヵ月であるから、2012年まで答は分からない」(It’s difficult to know whether the valuations are fair until a significant amount of shares hit the market, usually when employee lockups expire, typically after six months, “You won’t really know the answers until 2012.)

と話しています

(元記事:http://techcrunch.com/2011/07/09/eric-schmidt-you-don%e2%80%99t-know-it%e2%80%99s-a-bubble-until-the-bubble-ends/ )
LinkedInのProspectusを見ると、経営陣だけでIPO前に59.5%の株を所有しているが、IPOで売り出したのは僅か3.2%分に過ぎない。引き続き半数超の株を保有している訳だ。Sequoia Capital等のVCもその持分を殆ど手放していない。IPOで市場に出された株式は発行済株式総数の10%未満だ
流動株が極端に少ない。中国A株の様な状況ですね。

確かに、その低い流動性では現状のバリュエーションについて疑義が呈されるのも納得出来ます。十分な流動性を確保出来てこそバリュエーションの正当性が担保されるということはコーポレートファイナンスの基本ですから
因みに、Eric Schmidtが述べている慣習の通り、LinkedInのProspectusでもLock-up agreementの期間は6ヶ月だ。

しかし、この様な業界は人材が全てだと思うが、Prospectusで述べられているIncentive planが弱いね。Deferral bonus paymentも無いし、Stock optionもほとんどVest済みだ。同じ様に人材の重要性が非常に高いFund業界ではIPO時のIncentive planはより強烈だが、IT業界では金が全てではないと言うことだろうか
話はそれますが、Fund業界とIT業界と言えば今日のWSJに関連する記事がありましたね。「ヘッジファンドがオンライン業界を狙っている」(Hedge-Fund Investors Scout Out Web Firms)という記事ですが、ヘッジファンドが、IPO後の低流動性株の高バリュエーションを演出するだけでなく、未公開株にまで手を広げていることについて述べられています

(元記事:http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304793504576431932535002732.html?mod=WSJ_article_MoreIn_Business )
ヘッジファンドは、記事で述べられているTiger Global Management等の例外を除いてベンチャーキャピタルのノウハウはほとんど無い。従って、プライス・フォロワーに成らざるを得ないので、彼らのプレゼンスが高まればミス・プライスが誘発されることは当たり前の結論だ。

記事でも、

「ヘッジファンドは幾つかのIT企業について、根拠が希薄である高いバリュエーションを更に押し上げ、排他的なベンチャーキャピタル業界を混乱させている」(But they’re pushing the already frothy valuations of some companies even higher and rattling the clubby venture-capital scene.)

と述べられている
WSJの記事は、その後段でEventBrite(Tigerの出資を受けたベンチャー企業)のCEOがTigerとのミーティングで彼らの業界知識に驚嘆した(Eye-opening experience)ことを述べてフォローしてますね
しかし、Tigerの様にベンチャー企業に対して主体的な選別投資や事業サポートが出来るヘッジファンドは稀であることは論を待たないだろう。

この記事の中で私が最も注目したのは別のパートだ。GetJar(スタートアップのベンチャー企業)のCEOであるMr. Laursが、

「百万ドル以上の出資を集めためには以前はIPOが唯一の方法であったが、今や10億ドル未満であれば他の方法(ファンドからの出資等)がある」(An IPO used to be the only way to raise more than $100 million. If you need less than $1 billion, there are alternative sources available.)

と述べているが、このコメントはベンチャー企業に関わる新たな問題を我々に提示している
何が問題なのでしょう?ベンチャー企業にとって、資金調達源の多様化は良いことではないでしょうか
その価格がファンダメンタルズに基づいた正当なものであるならばね。

前述の通り、プライス・フォロワーのプレゼンスが上昇したマーケットではバブルの危険性が高まる。それが弾ければ多くの投資家が損失を被るのみではなく、ベンチャー企業への出資に対する投資家の拒否反応を誘発し、それはベンチャー企業の資金の枯渇を意味し、国家の成長性をも阻害しかねない
確かに。ヘッジファンドがファンダメンタルに基づいたバリュエーションを実施するベンチャーキャピタルに対して補完的役割を果たすに留まれば良いですが、仰る通りそのプレゼンスが逆転することは非常に危険だと思います
また、「IPO」という明確な目標が起業家達を鼓舞してきた所は大きい。IPOを果たすには各証券取引所の上場要件を満たし、かつ株式市場の一般の投資家に受け入れられる必要がある。その為には、透明性のあるコーポレートガバナンス、監査済みの財務諸表等が求められてきた訳だ。

ベンチャーキャピタル等の支援の下、その様な企業としての体裁を整えてからしか上場は出来ない。また、多くの投資家の理解を得る為には、IPO時に経営陣が保有する株の大半を売ることも出来ない。

従って、上場後も、経営陣には透明性のあるコーポレートガバナンスの下経営を続けて収益を上げていく責任が重く伴う
その、IPOを通した企業の成長プロセスをヘッジファンドが阻害する恐れがあるということですね。

記事でも、IPOを目前にしたLater stageのベンチャー企業のみならず、Start-upの企業にまでもTiger等が投資していることが述べられています
これは様々な異論がある所だと思うが、「ヘッジファンド・エグジット」が選択肢にあるベンチャー業界は健全ではないだろう。

一般の投資家の理解を得るべく企業としての体を整えずとも、特定のヘッジファンドと利害が一致すれば経営陣は株を売って多額の現金を得ることが出来る。そこにはLock-up agreementも無ければ売却後のIncentive schemeも無い
それらは個別にアレンジ出来ることではありますが、株式市場の強力な監視の目が行き届いたものではありませんね
ベンチャー企業に対するヘッジファンドファイナンスは明らかに諸刃の剣だ。

ベンチャーファイナンスを容易にして起業を促進する効果が期待出来る一方、バブルを誘発して業界自体を破壊する危険性や、IPOプロセスを通した企業の健全な成長を阻害する危険性がある
FRBの目が届かないヘッジファンド業界が、ベンチャー業界にまで大きな影響を与える可能性があるということは非常に興味深いですね。その影響については今後も注視して行かなければなりません
願わくは、私が述べたような問題が顕在化せずに、正の効果のみ顕在化し、ヘッジファンドを含む投資家のサポートの下、魅力あるベンチャー企業が今後たくさん産まれて来ることだが、そのストーリーにはかなり懐疑的だ