殺人事件が起こる度に殺人犯の分析が行われるけど、いつも「それってどうなのよ?」って思う。
みんな「こいつと自分は違う」もしくは「うちの子どもは違う」とか思いたいだけじゃねーの?
今回も友達がいないだとか挫折を知らない優等生だったとか職場環境に不安を抱いていただとか言われてるけどさ。
私はどんな人間も殺人を起こす可能性を秘めていると思う。
ちょっとした環境の変化で人間てものすごく変わる。
ものすごく明るくて友達が多い子も、急に間逆の性格になったりする。
逆もまたしかり。
こういう事件が起こったときに、殺人犯に対して「どうしてこういう人間に育ってしまったのだろう」っていう不安を覚えて、それを払拭するために専門家がもっともらしい答えを出して、みんなはそれで安心する。
不安の正体を突き止めた気になって。
あー、嫌だ。
こういう流れ。
専門家もそれに納得してるやつらも、もっと自分の頭を使って考えやがれ。
前例から適当に答えを導き出すんじゃねえよ。
自分と同じ人間が正体不明の怪物になるのが怖いんだろ?
でもいつ誰が怪物になるかなんてわかんねーんだよ。
私はそう思う。
どんな人間だって、怪物になる可能性を持ってる。
そのときに自分を受け止められる度量があるか、受け止めてくれる人がいるか、そんなのも運次第だ。
殺人犯は遠い存在じゃない。