みるくは
最後の約30分間を
ひこにゃんと過ごし
ひこにゃんに看取ってもらった。


10/19(月)23時頃から
みるくの様子がおかしくなり
1時頃には
明らかに様子が違った。

もしかしたら
朝は迎えられないのか…
この状態が数日続くのか…
分からない。

休めるものなら仕事を休みたいけど
どうしても休めないスケジュールだった。

ひこにゃんとそう話す中
ひこにゃんが「学校、休む!」と。

ひたすらテストが続く中だけど
10/20(火)はたまたまテストがなかった。
そして
休んでも大きな支障がない講義だった。

なんとか朝は迎えたけど
みるくは自力で動くことが出来ず
口元に運ぶスプーンの水を
数口飲むのがやっとだった。

渋々、出勤の準備をして
「昼休みには帰るからね。
行ってくるね。」と言うと
みるくはこっちを向いて
顔を持ち上げた。

その姿に
ひこにゃんと2人でびっくりした。

ひょっとしたら
昼休みまでなんとか待っててくれるか?
という淡い気持ちもあったけど
みるくは
私に最期の姿を見せないんじゃないか
いう気持ちがずっとあった。

それが当たった。

ひこにゃんの話によると
「母が出勤したら
すぐ眼の焦点が合わなくなった。」と。

3年半ぐらい前
リリちゃんに教えてもらい
何人かの
アニマルコミュニケーションを
受けたことがある。

その中のひとりの鑑定が
私の心に深く突き刺さり
そして納得した。


みるくは
「ひこにゃんとは
魂のレベルで繋がってる。
ずっと前から出会うことが決まってた。」
と言ったらしい。

出会うことが決まってたのは
何かするためだったの?
と聞いたら
「ひこにゃんと一緒に
ペコさんに愛情を教えるため。」
と答えたらしい。

どうやら
みるくは私の歪みを見抜いてたらしい。

ひこにゃんと2人がかりで
私に挑んできたらしい。

前回も書いたけど
私は当初みるくに冷たかった。

だから
「始めは
冷たくされて悲しかったけど
それは仕方ない。
でも
今は愛情が伝わってるからすごく嬉しい。
ひこにゃんと一緒に喜んでる。」
と言ったらしい。

 
結局
みるくは
私ではなく
ひこにゃんとの最期を
望んだのだと思う。

2人にしか分からない会話が
あったんだと思う。

「ちゃんと出勤したね。
ひこにゃん、もう、いい?」

「うん、いいよ。
ありがとうね。また会おうね。」

とでも話したんだろうか。

9時は私の始業開始時間だから
みるくは
自分の役目は果たした
とでも思ったんだろうか。


みるくの死後の処置は
ひこにゃんがひとりで行った。

昼休みに帰宅した時は
お気に入りのベットで
寝てるみたいだった。

まだ身体も温かく鼻も濡れていた。

でも
もう息はしていなかった。

何度名前を呼んでも
ご飯という言葉にも
触られるのを嫌がった肉球を触わっても
全く反応がなかった。

10/20(火) 私と寝て
      21(水) ひこにゃんと寝て
      22(木) みんなで寝て
      23(金)夕方 葬儀だった。

いくら夏場ではないとはいえ
長すぎたかもしれないけど
必要な時間だった。

とはいえ
みるくは辛かったかな。

ごめんね。

みるくは
トイレの粗相もなく
嘔吐もなく
鳴き叫ぶこともなく
最後の最後まで
全く迷惑をかけず旅立った。

まるで旅立つ時の見本みたいだった。


みるくの姿が
私の視界に入らなくても
みるくと過ごした日々は
色褪せることはない。

そう思っていても
やっぱり視界に入ってほしいし
触れたい。

「みるくー。」って呼んだら
「ん?」と言わんばかりに
首を傾げてほしい。

小さい身体全身で現す
喜びの舞と
尻尾フリフリを見せてほしい。

「みる、ご飯?」と言ったら
クルクルと高速スピンをしてほしい。

おもちゃを投げたら
猛ダッシュで
ソファやベットに軽々と飛び乗ってほしい。

台所に立ったら
こぼれだまを狙いに
足元をウロウロしてほしい。

トイレにもついてきてほしい。

入浴中はドアの前で待っていてほしい。

膝やお腹の上に乗ってほしい。

そばにいてほしい。

ひこにゃんにくっついて離れない
至福の顔をみせてほしい。

それから、それから、キリがない。

号泣しながら書いてる私を
キョトンとして見てるのかな。

さくらちゃんの時もそうだけど
私は亡くなった後は
姿を変えて会いにくる
ということを信じている。

実際に
すでに
何回もみるくを感じている。

まるでみるくが通ったかのような
白い影とベットが凹む感触。

おかしな動きのクモ。

私は霊感がないから
ただのこじつけかもしれないけど
私がそう思うんだからそれでいい。

ひこにゃんもみるくを感じている
というか
「みるく、いるよ。」と。

そして
何より
ひこにゃんは
みるくとまた会うことを確信している。

「みるくは生まれ変わってまたうちに来る。
例え犬種が違っても
みるくのことはすぐ分かるよ。
だって、みるくだもん。
必ず見つける自信がある。」
とサラッと言いきった。

普段
自信がある
なんてまず言わないのに
そう言った。

魂レベルの繋がりは
こうも違うものなのか。

残念ながら私は見つける自信がない。

でも
みるくに会いたい。

旅立つ時に持たせた写真に
私は
『みるく ありがとう。大好き。またね。』
と書いた。

またね。は、いつか私が旅立った時
また会おうねという気持ちだった。

でも、ひこにゃんは
『みるく 大好き。
またすぐ会おうね。』と書いた。

きっと
また
出会うべくして
ひこにゃんとみるくが出会う。

ひこにゃんがみるくに会わせくれる。



10/20(火) 9:00
愛犬 みるくが亡くなった。

13歳だった。

みるくは9歳の時
肺水腫と僧帽弁閉鎖不全症で
呼吸停止したけど
いろんな奇跡が重なり
主治医に恵まれ
内服薬で病状をコントロールできていた。

そうは言っても
体調不良の時もあり
いつどうなるか分からない不安は
抱えていた。

年齢を重ねるにつれ
少しづつ咳は増え
しんどそうな時も増えたけど
亡くなる前日から咳は全くなかった。

まさか
こうして平均寿命まで生きれるなんて
急変した当時は考えられなかった。

でも
愚かな人間の私は欲深くなり
「ひこにゃんの国試まであと半年だから
そこまでは現状維持で行こうね。
合格祝いと
みるくの14歳のお誕生日祝いをやろうね。
楽しみだね。」
と話していた。

だけど
みるくはそこまでは持たないと
分かっていた。
だから
国試直前のお別れを避けたんだと思う。

しかも
10/19(月)から一週間
私とひこにゃんのスケジュールを
全て把握し
私とひこにゃんが困らないよう
迷惑をかけないよう
自分で最後の日時を選んだんだと思う。

こんなことがあるのか?
と思うほどだった。

13年前
ひこにゃんが
どうしても犬を飼いたいと言った。

私は動物が好きではなく
犬を飼ったことがなかった。
飼いたいと思ったことがなかった。
興味がなかった。
家の中で犬を飼う?
アホぬかすな!と真剣に思ってた。

でも
ひこにゃんは
何度も私に頼みこんできた。

こんなことは初めてだった。

何なんだ?
犬の何がいいのか?
そんなにこの犬がいいのか?
と不思議でならなかったけど
根負けして仕方なく飼うことにした。

飼った以上は責任があるから
自分なりにお世話はしたけど
私はみるくに冷たかった。
かわいい?癒される?
私はその感情が全く分からなかった。

ひこにゃんが望んで家に来たから
ひこにゃんを癒してくれたら
それでよかったのに
何故
私にまでくっついてくるのか
意味が分からなかった。

でも
みるくはめげなかった。

みるくがうちにきて3年で
私は乳癌になった。
家でひとりで泣いてる時
いつもみるくがそばにいた。
全てお見通しで
私を包み込むかのように
みるくがそばにいてくれた。

何も言わないけど分かってる?
分かってるんだと思った。

そこから
私のみるくへの気持ちが変わっていった。

ちなみに
ひこにゃんとみるくは
私とは全く違う関係で
出会うべくして出会ってる。

みるくはひこにゃんを支え
乳癌になった私も10年支え
平行して4年は自分の病気とも闘ってきた。

本当に頑張りぬいた13年だった。
見事な犬生だった。

この13年は
私がみるくに
ではなく
みるくが私に
惜しみない愛情を注いでくれた。

私は自分でも認めざるを得ないほど
相当歪んだ性格だから
注がれる愛情を
愛情と認識し
素直に受けとるこに時間がかかった。

だから
みるくは気が抜けなかったと思う。

みるくはひこにゃんと
チームを組んで
私に愛情というものを教えてくれた。

家族というものも教えてくれた。


10/19(月) 22:48
おそらく
相当しんどかっただろうに
いつも通りを装っていた最後の姿。


みるく
ありがとう。
本当にありがとう。

リリちゃんをはじめ
みるくをかわいがり
気にかけて下さった方
ありがとうございました。

みるくのことはまた書きます。

これからもずっと書いていきます。

こんなひっそりとしたブログに辿りつき
私の大切な家族のみるくのことを
最後まで読んで頂き
ありがとうございました。





朝風呂に入り
洗濯機をまわし
ふと見たら点滅してる…


空気が汚いらしい。

これは
間違いなく
私の心から排出された汚染だ…