今日は先日亡くなったおばさんの四十九日の法要でした
が、
昨日音楽葬のお仕事が入り、私は、法要だけ参加し、納骨とお料理の振舞いには参加できませんでした
音楽葬のお仕事は仕事柄、急に入ります(あたりまえですが・・
)お仕事だから仕方ないです。
でも、全く法要に参加できなかったわけではないのでよかったです
その法要のときに、お寺さまが「千の風になって」の歌に関するお話がありました。今日のお寺さまは違う観点からのお話でしたが・・・私は心の中で、こういう話があることを思い出していました。
その「千の風になって」・・・・という曲。音楽葬のときは、はじめは事務所さん自体、候補曲に入っていたのですが、なんでも、お寺さまの中には「お墓を否定している曲だ!」というお怒りの意見があったみたいで、演奏候補曲からはずしたのです。
でも、時々ご親族さまからのリクエストでこの曲があがります。なので、楽譜はもっていますが・・・
お寺さまもいろいろですね。ま~そりゃ宗派も様々ですからいろいろ仏様に対してのきもちが違うのでしょうか・・・
これ、秋川さんが歌って有名ですが、決して秋川さんの曲じゃないですよね、中には歌っている人が書いたと勘違いしている人も・・
こちらが、その歌詞ですが・・・・お墓を否定しているのでしょうか・・・????お墓にはいない、というところでしょうか・・わたしはそういう意味ではないと思うのですが・・・気持ちの問題ですよね
「千の風になって」
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
千の風に 千の風になって
あの 大きな空を 吹きわたっています
あの 大きな空を 吹きわたっています
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
千の風に 千の風になって
あの 大きな空を 吹きわたっています
あの 大きな空を 吹きわたっています
みなさんはどう思いますか?