昨日5日、無事に退院したので、少し出産から退院までを書いてみたいと思います


12月30日(金)
29日の仕事を終え、たぁが大阪の私の実家に夕方到着しました。
一人で「今日生まれるか。明日生まれるか…」と一人で出産に向かう怖さと格闘しながらの毎日でしたので、たぁの到着はとっても心強い

231230カメラ
妊娠中にも一緒に何度か見に行ってた一眼カメラをしっかり購入してました

231230お腹
早速撮ったのは私のお腹…
「こんな家着じゃなくて、明日出かける前にちゃんとした服を着てるときにとってよ~」と文句を言いましたが、これが大きなお腹の最後の写真となりました。。

231230オイルヒーター
お母さんに買ってもらったオイルヒーターは本日から使用します
を迎える準備はできました。
でも「たんは下に降りてはきてるけどまだまだ子宮口が開く様子がないので、いっぱい歩いてね」って先生から言われてたので、明日はたぁと一緒に天王寺にたこやきを食べに行くか、難波のビックカメラ行くか・・・と遠出する予定でした。

「今日生まれてきたら年始もパパはお休みできるから、一番長く一緒にいれるよ~」
ずっとたんに話しかけてきた言葉です。

たんには聞こえていたようで・・・・
そして私もなんとなく予感はあったんですが、この日の深夜、陣痛がとうとうきてしまいました。。。

AM1:18
目が覚めて、下腹部やら骨盤付近やらがいつも以上に重いような痛いような感覚。
前駆陣痛とやらがとうとうきたんだと思って、そのまま寝ようとしたけど眠れず。

AM2:00~3:00
あまりの痛さに少し痛みの感覚をはかってみた。
規則正しく6分
前駆陣痛じゃなくて本陣痛
とこんなに急にくると思ってなかったので不安になり、そーっと母に聞きに行く。

AM3:00
病院に電話すると、念のため診察に来てとのこと。
よくわからないしたぁは起こさず、母と二人でそーっと病院に向かう。
診察してもやはり子宮口は開いておらず、入院するかしないかを聞かれる。
入院してもなんか時間かかりそうなニュアンス。
まる1日も一人よりはせっかくたぁもいるし、家でだらっとしたり、もしかしたら夜いつもたん活発だったから、朝にはおさまるかも・・・と思っていったん帰宅。

AM6:00
痛すぎて何時かわからぬまま時計も見れず、ようやく陣痛の間隔をはかると3分やら2分やら。。。

AM6:45
父を起こさないよう起きて散歩に出かけるのを待って、急ぎトイレへ。
出血
たぁを起こして母と3人、病院へ向かう。

痛くていきみたくて苦しんだ数時間・・・

AM10:00頃
ようやく分娩台へ。
歩けず車椅子・・・・
同じくこの病院で産んだEちゃんも「情けないことに歩けなかったわ~」みたいな話を28日にしたばっかりでしたが、私も同じく歩けませんでした


「赤ちゃんに酸素がいってないからしっかり呼吸して

いっぱいしようとしたんですが、なかなかうまく吸えません。

途中、私も酸素をつけられました。
少し楽に吸えるようになりました。

「赤ちゃんがしんどくなってるから、吸引しますね」と先生。

この言葉、後から考えるととっても大変なことになってたんだって恐怖ですが、このときは痛すぎてあんまり理解してなかった気がします。

よく、出産時は思いもよらぬすごい言葉が出るって聞きますが、私がしゃべったのは「痛い」と「ウー」と「もう見えてるの?」だけです。

助産師さんが「髪の毛が見えてるよ」との返答。

AM10:58
女の子出産。

231231出産
私がぼーっとしてる間、たぁはたんの確認と、写真撮影。

231231出産2
確認後、カンガルーケア推進のこの病院は2時間ほど分娩台の上でたんと肌と肌を触れ合わせる時間があるのですが、私がたんに触れたのはほんの一瞬。

231231分娩台
たん、検査かなぁ・・・なんて考えてたような・・・
ぼーっとしながらたぁとお昼を食べるだけの分娩室となりました…