また物騒なタイトルですけど。
いや、暴力主義者でも非暴力主義者でもない、
中途半端な立場のただのママであります。
今朝、地方紙の片隅に、小さな記事が出ていました。
「女性に暴行容疑で逮捕」
同居の内縁関係の女性(36)の胸を蹴り、顔を殴るなどして、男(36)が逮捕。
とめようとした女性の長男(11)の髪の毛をつかんで引き倒すなどした疑い。
もうね、こんな記事を読んだだけでかーっときます。
いやですね、こういう甘えん坊のおばかさんは。
一度、自分よりでかい男に、思う存分ぶん殴られてみればいいのに、
と本当に思います。
自分より力の弱いものにだけ、暴力を振るう人間っていますよね。
力だけでなく、言葉や心で暴力を振るう人もいます。
こういう人って、自分より腕力や権力が上だって思った人には
絶対服従したりするんですよ。
この事件の場合、子どもまで巻き添えにしています。
11歳の子どもが、どんな思いで母親を助けようとしたか、
想像すると本当につらいですね。
私自身は父親に(多少)殴られて育ちました。
まあ、今振り返ると父がそんな荒れた状態であったのも
仕方ないかな、とも思わないでもないですが、
明らかに娘に対する甘えですね。
おかげで若干血の気の多い、困った娘に育ちました。
それでも、今男の子を4人育てる上では少しは役に立っている、
とも考えられるかもしれません。いや、立っていないな。
まあ泣いて謝ったって許してなんかやりませんよ。
私自身、絶対に暴力反対、体罰は厳禁、というほどの意思を持って
子育てしてはいないのですが、
私が気にしているのは、こどもと対峙した時に、
今の自分が相手より大きい存在であることです。
ここを忘れて感情にとりこまれてはいけないと思っています。
対等の立場であり、言っても分からないから取っ組み合った、というのは
個人的にはありのルール。双方お猿さんレベルです。
ただ、明らかに力の差がある場合での暴力は、
甘えであり最低の行為、愚の骨頂。
男が女や子どもに暴力を振るうのは、人として最悪の行為です。
一度逆の立場になってみろ、と思います。
女を殴る男って、臆病なタイプの方も多いんですよ。
だから、他の男には全然目を合わせることもできない。
たいていの女性は男性よりも非力ですから、
その加減を知らない暴力には大変な恐怖を感じますよね。
実際の痛みより、その恐怖感と言ったら人生を台無しにするものです。
振るう方はもう全然分からない。
「二度としません」
なんて軽く口で言いますね。
我慢できなくなって暴れる人は、甘えん坊で嘘つきなので、
必ず次もします。
もしこれを読んでいる人で、そんな思いをしたことがある人は、
必ず警察を呼んで第三者に介入してもらってください。
その甘えん坊の嘘つき野郎は、権力とかにめっぽう弱いのです。
第三者が見ている、知っていると言うだけで逃げ出します。
誰も入ってこない、秘密の密室で、
弱いものを相手にしないと暴力をふるえない、卑怯者なのです。
そんなクズに人生を振り回されてはいけません。
大声で通りに走り出て、警察を呼ぶのが一番です。
そしてきっぱりと腐れ縁をたたききってくださいね。
今は救いの手もたくさん用意されています。
女性用のシェルターもあります。必ず逃げ切れます。
自分よりも弱い者に対して、暴力を振るうのは、人としてありえない。
そんな教育や意思が当たり前になされていて欲しい、と心から思います。
かわいい赤ちゃんが生まれて、誰でも願うこと、それは
「すくすく元気に大きくなってね!」
ですよね。
「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」
一昔前に、こんなキャッチフレーズのハムがあったような気がしますが、
分る方っておられるかしら。
でも、子どもって、「きみたちはそれが仕事か?」というくらい、
体調をくずします。
鼻水だ咳だ下痢だ吐いた吹き出物だ虫歯だ中耳炎だと、
もう全身オンパレードです。
聞いたところによりますと、風邪のウイルスというものはだいたい200種ほどあるそうです。
それぞれ罹患することで免疫を獲得していくのですが、
経験の浅い、つまり小さい赤ちゃんほど、未知のウイルスが多いわけです。
そのため、免疫機能も、新ウイルスが入ってくると、
「わっ! よく分からないから、全力でアタックだ!」
とウイルス撲滅モードを (そんなにがんばる必要がないのにもかかわらず)
全開フルパワーで炸裂させます。
つまり、突然の高熱。
ただの風邪でも、40℃とかをマークしてみせ、
もはや親の肝だめしです。
しかも200種って、
一年間に10回、新しいウイルスに感染するとして、発熱して免疫獲得して…
ってやっていっても20年かかるじゃないですか。
やっと成人するって事かしら。
免疫が一生続くわけではなく何回でもかかる病気もありますので、
(ロタウィルス、アデノウィルス、インフルエンザウイルスなど)
もうね、もぐらたたきみたいなものです。
赤ちゃん時代から2歳いっぱいくらいは、
元気で健康な赤ちゃんでも
鼻水くらいはしょっちゅうたれてます。
お姑さんから
「あら鼻たらしてー」なんてちょっぴり言われちゃっても
「拭いてあげてもらえますー?」
なんてにっこり笑ってかわしちゃいましょう。
あまり神経質になっていると親がつらいですから、
おおらかに対処してあげてください。
暖かくして美味しいもの食べて、ママがそばにいてくれたら大丈夫。
なんだか気になったら、お医者に行けばいいんです。
その合間合間に、水疱瘡だのおたふくだの水いぼだのといった
「一生に一回かかる病気」もご来訪になります。
「はいはい」とお茶でも出して、さっさと帰っていただきたいところですね。
体力も免疫機能もだいぶついてくるのが3歳児、
今度は虫歯やら中耳炎やら皮膚炎やら怪しいものが発覚してきます。
怪我もなかなかに立派なものをしてきます。
砂遊びしたまま目をこするから、結膜炎。
虫刺されをかきこわして、とびひ。
甘いもの食べて歯を磨かないから、虫歯。
野菜食べないから、便秘。
お友だちと仲良くしてたにもかかわらず、突き指。
また通院がはじまると長いんですよね。
待ち時間も、通院期間も。とほほ。
皮膚科・小児科・整形外科とはしごしたお母さん、
「幼稚園に通っているのか医者に通っているのかわからないわ!!」
とぐったり…。同感です。
これで兄弟がいたりすると、カレンダーはもう予約でいっぱいです。
しかし、お母さんは太陽です。
いちいちしょげたり凹んだり、気にしていても始まらない。
ひとつひとつ、小さな峠を越えていれば、いつか大山脈を越える日もきましょう。
これ以上がんばれない、と思ったら、他のことはいろいろと手放して、
荷物を軽く、装備しなおし、そして仕切りなおしです。
子どもと家族だけは大切な命綱、これだけ握り締めていれば
谷底へ落ちることはありません。
よーしわかったなんとかなるさ!
とおおらかに対応して、乗り切りましょう!!
我が家には、中学生を筆頭に、
六年生、一年生、保育園児の総勢4名様のコドモがおられます。
みなさま、自発的に
「おはよう!!」
なんて爽やかにお目覚め…なんてことはございません。
特に中学生は、たたき起こさないと起きてきません。
人を起こすのって、けっこうなストレスを感じますよねエ。
自分でやればできることを、人様に頼っている姿に、
まず「甘えんなよ!」って気がしますし、
なにしろ一回ではすまない。
何度も何度もこ声かけしているうちに、
だんだんと自分の声が不機嫌になっていくのが分かってきます。
あー、朝っぱらから怒鳴りたくないなあ…
なんて思いを知ってか知らずか、のっそり起きてきた中学生、開口一番
「まだ朝ごはんないの? もう間に合わないジャン」
まるで朝食がないせいで遅刻するといわんばかり!!
この時点で、私のちいさな堪忍袋がぶっちりと千切れてしまいます。
「いつまでも寝てんじゃないよ! 何回起こしたと思ってんの!!」
「文句があるなら早く起きて自分で作れーッ」
ギャーギャー言っている間に、次から次へと難問が発生。
「お母さん、半そでシャツがない」
「お母さん、1700円集金」
「お母さん、今日までに健康手帳にハンコだった」
「お母さん、もって行くTシャツ乾いてない」
「お母さん、鮭のおにぎりもう一個食べる」
この間なんと15分。
驚異的な短時間で朝食と身支度を整え、
バスに飛び乗っていくのでありました。
ある意味非常にてきぱきしているようにも思えますが。
本人はそれでけっこうですが、
母親はあと3人も相次いで出荷しなければなりません。
学校へ着ていく征服をそろえ、給食用の白衣を持たせ、
ランドセルの中身をチェックして、本読みカードにサイン書いて、
保育園児のお弁当を詰め込んで、
やりっぱなしの宿題ノートと、
落ちている鉛筆やら消しゴムやらもランドセルへ…
時々イレギュラーな
「お母さん、団扇がいる」
とか、
「お母さん、エプロンとバンダナがいる」
とか、
「お母さん、手品の種ってある?」
とか
「お母さん、コックさんの帽子がいる」
とか言う、難問奇問にも答えなければなりません。
ポロシャツと制服を着るだけなのに、弟は半べそ。
「だって、おにいちゃんがのろまって言うー」
間に、末の保育園児が牛乳をひっくり返してしまう始末。
いちいち怒っていては身が持たないので、
速やかに処理&洗濯。
朝食後、つまらないことで小競り合いしている兄弟を尻目に
洗濯物を干して、食器を洗って、
さあ小学生と保育園児の出荷です。
毎朝繰り返される、お祭りみたいな大騒ぎ。
でも、これが私にとって「大事な仕事」なんです。
この時間、あれやこれやと子どもたちと過ごしている時間の積み重ね。
毎日のことなので、ついバタバタと片付けてしまう朝のひととき。
大変といえば大変ですし、毎日やっていれば
いい加減にしろっ!!
って怒りたくなるときもよくあるんですが、
私にとってはすごく大事な充実感のある時間なんですよね。
不思議。
毎朝毎朝、少しずつだけど子どもたちも成長していって、
いつか牛乳もひっくり返さなくなるし、食器も片付けていくようになる。
紙パンツも卒業し、制服もどんどん小さくなる。
このかけがえのない朝、
このお祭り騒ぎの朝をもう少し楽しんでいたいとも思うのです。
…私、Mなのかねぇ…
皆さんのところには、学童クラブってありますか?
地域別や、町会別、または学区別にあったりするかな?
放課後の小学生たちを一時的に預かってくれるところです。
小学生低学年の子どもたちは、帰宅時間が早いんですね。
で、ご両親ともに働いていたり事情があったりして、家に誰もいない場合、
ひとりでのお留守番はちょっと心配…
そんなご家庭の強ーい見方です。
保育園は割と夕方遅くまで見てくれるところもありますよね。
私のところでは最長7時まで見てくれたので、
本当に助かりました。
いつもいつも6時ぴったりにお仕事が終わるわけじゃありませんものね。
ところが小学校はそうは行きません。
上の兄弟でもいてくれたらお留守番も何とかなるかもしれないけれど、
一年生にひとり、6時まで待っていろ!
というのもなかなか難しい。
昔、自分たちの子どもの頃はそんな感じのご家庭も
けっこうあったんですけどね。
夕方までほっつき歩いて、暗くなったら家に帰って、
電気つけてお腹すかせて待ってる…なんて。← 私がそうでした。
でもこのご時勢、ひとりのお留守番も物騒なので、
いまや学童クラブのあるなしは重大問題です。
私のところでは、長男が二年生になった頃に初めて
学童クラブができました。
この辺はカントリーサイドですので、長男夫婦と祖父母が同居してらっしゃる
ご家庭がほとんどの地域でした。
そのため「おじいちゃんおばあちゃんがいるし、特に預けることもないんじゃない?」
というのが地域の感覚だったんですね。
ところが核家族はそうもいかない。
学童クラブがないなら、越境して他所の小学校へ行く、という騒ぎになりまして、
すったもんだの挙句にやっとやっとできたクラブだったのです。
共働きのご家庭では、ばんざいしたというくらい、ありがたいものでした。
ところがそれも10年もたつと、
「あって当たり前」
になってしまうのですね。
お金を払って通わせているのだから、当然…という感覚です。
「夏休みの間ゲームはさせないで欲しい」
「買ったお菓子は糖尿病が心配だから食べさせないで欲しい」
「きつく叱るのはやめてほしい」
善意でみて下さっているおばあちゃん先生なのですが、
(もちろん時給いくらかはもらっているようです)
年々要求が厳しくなってきて、つらい、とこぼしていました。
もちろん、意見が出るのは当たり前のことです。
よりよい方向へ考えるのも大切なことです。
けれど、言うだけ、要求するだけ、というのはいかがなものかなあ、と思ってしまいます。
朝8:00から6:00まで、毎日、40人からのこどもを預かる方は大変ですよ!
わが子が朝から3日いるだけの、
ゴールデンウィークですら親も根を上げるというのに…
それを暖かい愛情で面倒見てくれている方に対して、
ありがとうとも言わない親御さんもふえてきたそうです。
親の目から離れたわが子が、
どんなにだらしなくて横柄で、他人様にご迷惑をおかけしているか、
大体想像がついていれば、
そしてそれらを親代わりにみてくださっているかと思えば、
もう足を向けて寝られませんよー。
感謝があれば、言葉や表現は自然と変わってきますよね。
あるのが当たり前、の鈍感な感性はいけないな、と
自分に言い聞かせています。
地域別や、町会別、または学区別にあったりするかな?
放課後の小学生たちを一時的に預かってくれるところです。
小学生低学年の子どもたちは、帰宅時間が早いんですね。
で、ご両親ともに働いていたり事情があったりして、家に誰もいない場合、
ひとりでのお留守番はちょっと心配…
そんなご家庭の強ーい見方です。
保育園は割と夕方遅くまで見てくれるところもありますよね。
私のところでは最長7時まで見てくれたので、
本当に助かりました。
いつもいつも6時ぴったりにお仕事が終わるわけじゃありませんものね。
ところが小学校はそうは行きません。
上の兄弟でもいてくれたらお留守番も何とかなるかもしれないけれど、
一年生にひとり、6時まで待っていろ!
というのもなかなか難しい。
昔、自分たちの子どもの頃はそんな感じのご家庭も
けっこうあったんですけどね。
夕方までほっつき歩いて、暗くなったら家に帰って、
電気つけてお腹すかせて待ってる…なんて。← 私がそうでした。
でもこのご時勢、ひとりのお留守番も物騒なので、
いまや学童クラブのあるなしは重大問題です。
私のところでは、長男が二年生になった頃に初めて
学童クラブができました。
この辺はカントリーサイドですので、長男夫婦と祖父母が同居してらっしゃる
ご家庭がほとんどの地域でした。
そのため「おじいちゃんおばあちゃんがいるし、特に預けることもないんじゃない?」
というのが地域の感覚だったんですね。
ところが核家族はそうもいかない。
学童クラブがないなら、越境して他所の小学校へ行く、という騒ぎになりまして、
すったもんだの挙句にやっとやっとできたクラブだったのです。
共働きのご家庭では、ばんざいしたというくらい、ありがたいものでした。
ところがそれも10年もたつと、
「あって当たり前」
になってしまうのですね。
お金を払って通わせているのだから、当然…という感覚です。
「夏休みの間ゲームはさせないで欲しい」
「買ったお菓子は糖尿病が心配だから食べさせないで欲しい」
「きつく叱るのはやめてほしい」
善意でみて下さっているおばあちゃん先生なのですが、
(もちろん時給いくらかはもらっているようです)
年々要求が厳しくなってきて、つらい、とこぼしていました。
もちろん、意見が出るのは当たり前のことです。
よりよい方向へ考えるのも大切なことです。
けれど、言うだけ、要求するだけ、というのはいかがなものかなあ、と思ってしまいます。
朝8:00から6:00まで、毎日、40人からのこどもを預かる方は大変ですよ!
わが子が朝から3日いるだけの、
ゴールデンウィークですら親も根を上げるというのに…
それを暖かい愛情で面倒見てくれている方に対して、
ありがとうとも言わない親御さんもふえてきたそうです。
親の目から離れたわが子が、
どんなにだらしなくて横柄で、他人様にご迷惑をおかけしているか、
大体想像がついていれば、
そしてそれらを親代わりにみてくださっているかと思えば、
もう足を向けて寝られませんよー。
感謝があれば、言葉や表現は自然と変わってきますよね。
あるのが当たり前、の鈍感な感性はいけないな、と
自分に言い聞かせています。







