強い人、弱い人 *cocco*
*いきおいで書いたので、つじつまがあわない部分や、どういうこと?ってなってしまうと思いますが。。。1文章1文章を別々に考えていただければ。。。(読み返して)いやぁ本当に勢いだな。と思ってこの文を足させてもらいました*
今日、歌手のcoccoのライブDVDをみて、coccoのことが書きたいなぁと思って書こうと思います。
私がcoccoを知ったのは、活動を休止する時、Mステに出演した時でした。
何度もテレビであの映像は流れていると思うので、知っている方も多いと思います。
歌い終わって、テレビの前のファンに投げキッスをして、笑顔でピースして。。。そして
その場を走り去って行きました。
この光景はかなり私にとって衝撃的で、すぐにCDを借りに行きました。その時でてた一番新しいアルバム。
coccoの曲は(こんな私が語るのは申し訳ないんですが。。。)彼女の悲しみ、怒り、決して拭い去ることのできない孤独、そして、人間生きてればかならず生じる苦しい感情、目をそむけたくなるような自分の気持ち、人の気持ちを歌っているものが多いです。
聞く人が聞けば、「。。。なんか怖い」となるかもしれません。
実際私も怖いなぁと感じることもあります。
でも、よく考えれば、悲しみも怒りも孤独感も、ない人なんているんですかね??
私は生きてれば、ないはずがないと思います。
大なり小なり全員あると思います。
色々な人がいると思います。
そして、その人がどういうタイプの人間(ポジティブ、ネガティブ、神経質、おおらか、など)だとしても、その時その時によって心の調子、体の調子がいいか、悪いかでも感じ方が違ってくると思います。
大きすぎる心の痛みに目をそむけたくても、そむけられない人。
小さい心の痛みで、ちょっと痛いけどまぁ他のことで目はそむけられる人。
どっちにしろ、痛みは放っておくものではないように思います。
苦しい気持ちはいくら目をそむけても、その人が気づいてくれるまで信号を送り続けます。
「もう仕事は疲れたよ。一回休みたいよ。」
「家事は終わりがないね。。。誰かに手伝ってもらいたいよ。」
「夢をず~っと追い続けるのはしんどいよ。一回立ち止まりたいよ。」
などの信号をだします。
でも、なかなか休みたくても休めない。助けてもらいたいけど言えない。立ち止まりたいけど、立ち止まる自分がゆるせない。。。
などの気持ちによって苦しい気持ちを見ないフリしてしまう人が多いのではないでしょうか??
弱気な自分が許せない。
世間からはずれてしまう自分が許せない。
周りの人に頼って、弱みを見せる自分が許せない。
でもなにはどうあれ、許せなくっても苦しいもんは苦しいんです。心は。
coccoはそういう人なら目をそむけたい気持ちを真っ直ぐに見つめて、向き合ってそのまま歌にしているように思います。
coccoは今、拒食症になっています。
最近は目立った活動がないので、状況はわかりませんが、恐らくまだ戦ってるんではないかと思います。
強い人、弱い人。
結局は何が強くて何が弱いのかは私にはわかりません。
だって、誰かを守りたいなら自分にある程度余裕がなければいけない。
余裕を作るには誰かに頼らなければならない。
全部背負って、周りの人を全員助けて、家事も、仕事も、人付き合いも誰にも頼らずやるひとに、余裕なんてあるんでしょうか??
こうすべき、こうでなきゃいけないが世の中には多すぎる気がします。
(だからといって、人に迷惑をかけても何にも思わない人もどうかと思いますが。。。)
大切なのは
「どうすべきか」
ではなく
「どうありたいか」
うけうりですが(笑)
今はこの言葉がなんだか私の心に響いています。
coccoの、おおっ!!そうかも!!と思った歌詞↓
永遠を願うなら
一度だけ抱きしめて
その手から離せばいい [樹海の糸より]
永遠を願ってるほど大事なものだったら、1回手離したほうが今は(もしくは後々)いいよ。
ってことでしょうかね??
私は無類の音楽好きではないですが、この曲が世界で一番綺麗なメロディーだと思ってます(特に最初のイントロ部分)
なんか(自分としては)真面目に書いちゃったな。。。
私は色々考え込んでる自分も、くだらないことで死ぬほど笑ってる自分も自分だなぁと思います。
