「地域包括支援センターの担当者に話しを聞いて来たが、センターは妹さんと密に連絡を取り合っていてこう言う決定を下したって言ってたよ。」センターに状況を聞きに言ってくれた元職員はそう言った。「えっ!暮れに妹に連絡を取って、センターから何か電話はなかった?」って聞いたら、「何もないって言ってましたよ」「センターが他の家族の話しを聞かずに勝手に動くって事はやらないと思うけど」「一昨年(1年前)は妹はここの家賃の3万円が惜しくて、母をグループホームへ入れようとして、とんでもない暴言を吐いたんですが、その後話し合って、分かってくれてたと思ってますが」「とにかく、妹さんとよく話し合った方がいいよ」「分かりました」「家族が関わってると、この法的措置はなかなかひっくり返せない」「・・・」
一昨年の秋に私は近くのお店の駐車場の車止めに脚を取られて転び、コンクリートに左足の膝をしたたか打ってしまった。それが冬まで治らず、暮れには膝に血が溜まり、パンパンに腫れ上がってしまって、右の股関節の激痛とで、歩くのが本当に大変になっていた。冬至の日だったか、テーブルの上に置いておいた私が両足の痛みをこらえようやく買って来た夜ご飯のお惣菜を母が外のゴミ箱に捨ててしまっていた。「どうしておかず捨てちゃったの?もう何もないよ」パンパンに腫れ上がった膝が悲鳴をあげていた。今まで妹に援助を頼んだ事はほとんどなかったが、その日は止むを得ず電話した。「2ヶ月前に打った膝に血が溜まってしまって歩けない。お母さんが今食べようと思ってた晩御飯のおかずをみんな捨ててしまった。」「何か買って行くよ」と妹は珍しく電話に出た。妹の家は、車で10分程度の所にあるが、妹は20代で結婚してから、滅多に来る事はなかった。年に数回しか会わない。15分後位にコンビニの弁当を持って来た妹は「私は今日夜勤なんだよ。施設に電話したら空いているって言うから、今日泊まらせるから」と言ってさっさと母を連れて行ってしまった。「こんな遅くによく受け入れしてくれたね。おかずだけ買って来てくれれば良かったのに」「その足じゃ、しばらく施設に預かってもらいな」と言って妹はさっさと行ってしまった。翌日、施設に連絡すると「妹さんが、お姉さんが足を痛めてるので泊まりの料金は自分が払うから、10日位お母さん泊まらせてって言ってましたよ」「2、3日でいいですよ。病院行って膝の水抜いて貰えばすぐ歩けるようになるから」と私。それからクリスマスイブに母を迎えに行った。
すると、前の小規模多機能ホームの施設主任が、「妹さんがお姉さん疲れてるみたいだから泊まらせるよう勧めてって行ってたので、甘えれば。今までお姉さんが一生懸命頑張って来たんだから」と言った。「2日休んだら、すっかり疲れも取れたから、母は連れて帰りますよ」と私。
「今までショートスティ(泊まり)は週に1日だけだったから、お母さんがどのくらい連泊出来るか見てみたいんだけど」と施設主任は食い下がって来た。「後2、3日だけですよ。すぐ迎えに来ますよ」と私は言った。父親死んだので正月は祝えないけど母と年越しそば食べて、紅白見るんだから。
その2日後、26日の事だった。朝7時に施設から電話があった。何事か?「お母さんが昨夜の2時ごろ3段ほどの階段から落ちて、右肩と足首が痛いと言ってるんです。病院連れて行った方がいいですかね」と施設の職員が言う。病院行った方がいいかって?「怪我はどのくらい何ですか」「まだ時々痛いって言いってますが、それほどでもないかな」「じゃあ、病院が始まる頃、家まで連れて来てくれれば、こちらで連れて行きますよ。私も膝診てもらわなきゃいけないんで」
ところが、母の怪我はそれどころじゃなかった。私の車に乗ってすぐに母は「痛い!痛くてしょうがない!まだ着かないの?」と叫びだした。病院までは車で10分位なのに我慢ができないでいる。「こりゃ、ただ事じゃない!」病院につくと、年末の土曜なので、待合室は患者で溢れていた。私は受付に「ひどく痛がっているので、急患ですので、すぐに診てください。普通じゃないです。」と頼んだ。看護師がブツブツ言っていたが、ドクターが診ると一目で、「ああ、折れてますね」右肩脱臼骨折、右足首骨折だった。肩の脱臼骨折。よほど痛かっただろうに、小規模多機能ホームは夜勤は一人しか居ない。他の利用者を放って病院に連れて行く事は出来ない。救急車を呼んでくれれば良かったのに。(続く)