「問題は私が、白か黒かっていう事じゃなく、認知症の母が脳貧血でいつどこで倒れて怪我する可能性が100%ある状態にあるのだと、搬送先の市立病院の担当医とうちの母の掛かりつけの医師に全く何も問い合わせもせずに、こんな決定が速やかに行われてしまった事です。地域包括支援センター長は、自分が何をしているか、分かっているのでしょうか?認知症患者を介護している家族は、皆大変な苦労を経験し続け、多かれ少なかれ鬱的な状態に置かれています。認知症患者介護者は、一人で誰も助けてくれる人もなく、黙々と日々介護を続け、やがてやっと介護施設のディ・サービスやショートステイの存在に気付き、ケアマネージャーや介護士さんに助けを求めるようになります。そして、市や町の地域包括支援センターは、もともとは在宅介護支援センターと言う名前で、介護家族の支援を行なっている所だと思っていました。孤独な介護地獄から救ってくれるのが、地域包括支援センターの筈ではないのですか?私は、今回この地域包括支援センターから、真逆の事をされました。母の介護も6年目で、母の状況もすっかり飲み込み、介護にも余裕が出て来て、辛さもそんなに感じなくなって来たちょうどその時期にです。地域包括支援センター長は、病院の医師や施設の責任者に全く話しを聞かずに、たった一人の母を愛情を持って介護していた娘から、ちゃんとした説明もなく、奪い去って行ったのです。当事者の私には、この仕打ちは北朝鮮の拉致と何ら変わりはありませんでした。ここ1年の間センターから何の連絡もなく、役所の御用納めの12月28日に晴天の霹靂のように男女6人のセンター職員が自宅に押しかけ、一方的にこの措置を宣言しました。それは第二次大戦中のファシズム軍事政権下の秘密警察の様でした。大戦中の特別高等警察のアカ狩り、たった一人のスパイの一報で連行しに来るナチスドイツのゲシュタポのユダヤ人狩りの様でした。地域包括支援センターに説明を求めたところ、全て秘密裏で、納得の行く説明は得られず、いつどこで倒れるかも知れない母に循環器科の受診の予約もキャンセルさせられました。薬も持って行かず、母が心配でたまらないのに、年末年始の休みに入ったセンターに電話も通じません。」
31日の午前中、私は地元市役所の元職員だった知り合いにそう窮状を訴えた。「今の日本にこんな事が起ころうとは思ってもいませんでした。」「それは、確かにおかしい」と、相手は相槌を打った。
「これだけの決定が、本人の知らないところで、軍事法廷で弁護士も証人もなく銃殺刑に即日処せられるのと同じです。裁定を下した本人は通報者の一方的な通報に基づいて、有罪だなと言う思い込みだけで相手が死のうが生きようがおかまいなく、こういう処断がなされたのです。」そう訴える私に、相手は「仕事初めまで待って、一緒に行ってあげるから」と私の事の経緯の長話も嫌がらず聞いてくれ、「それはおかしい」と相槌を打ってくれた。