30日に話は戻るが、施設主任さんに電話した。「どう言う理由で、地域包括支援センターが母を連れて行ったか分かりましたよ。センターでは複数の情報が入っていると言っていましたが、誰の情報かは言いませんでしたが、どんな情報かは聞き出しました。まず、ここ3、4ヶ月で、母の身体に何度か痣があった事。母の体重が減少していた事。そして、朝の送迎の時、雨の降っている中、母を外に立たせておいたと言う事でした。母は身支度が出来ると、お迎えが来るのを気にして、止めても止めても、外に出たり入ったりしてしまう癖があって、朝8時半のお迎えのギリギリに身支度が終わるように調整していたんです。その時は迎えが遅れたんでしょうし、大雨では外に出さないようにしていたし、普通の雨でもすぐに連れ戻していました。その時は多分小雨で、まだ夏の頃だったと思います。濡れたとしても、ほんの少しだったし、私もすぐに外へ出ますし、ほんの1分位の事だったと思います。」「・・・?」
「どうやら、私が母を虐待しているとセンターへ通報した人がいるみたいですね」「ええ〜!」施設主任は、本当に驚いた声を上げた。その情報は、すべて施設の職員にしか把握出来ない情報だった。私は母の脚の筋肉低下の抑制に外の散歩のリクエストを二ヶ月前にケアマネージャーに入れた時に、ケアマネが聞き入れてくれず、ケアマネが「重いゴミ袋を母に運ばせていたのを地域包括支援センターに言うぞ」と言っていた事を話した。センターに言うぞってこの事だったんですね。最近ケアマネさんから、何かそんな話は聞きませんでしたか?」「全然!」60代のケアマネより30歳近く若い主任さんはびっくりした声を上げた。「とにかく、施設のどなたかが、私が母を虐待しているように聞こえるように、センターに色々話した様子です」「そんな〜!」「娘さんが虐待していたなんて、私も職員もこれっぽっちも思ってませんよ。お風呂の時に痣を発見した時に娘さんに報告した時も施設か家庭かどこでついたか確認しないといけないので、聞いただけで、お母さんが脳貧血で倒れてしまうのは私も看護師も把握しているので、娘さんのせいだなんてこれっぽっちも思ってませんよ。なんで、こんな事になったのかな?」施設主任さんは本当に唖然としていた。私はまた心当たりを話した。「クリスマスイブの日の午前中、母の精神科クリニックの受診の日だったじゃないですか。前日にケアマネさんからこちらに電話があって、処方されている薬が母の血圧を下げているんじゃないかと思うので、私も明日の受診に同行したいんだけどと言われたじゃないですか。私は、実は母もその8ヶ月前の3月に、前の施設で同じ症状で倒れていて、同じ市立病院に救急車で運ばれているんです。その時は他の担当の先生で、精神科の薬の飲み過ぎじゃないかとの疑いがあるとの診断で、精神科クリニックの先生に私が話したら、主治医が疑いがあるのなら止めても良いですよと言って、メマリーとレミニールを2つとも止めたんです。ところが、11月にまた同じ症状でそちらで倒れて、今度の担当のドクターが薬のせいではなく、自律神経系の反射で、脳貧血で倒れたのだと診断を下したんじゃありませんか。と私はケアマネさんに言いました」「それで、ケアマネさんの電話の後、私は主任さんに電話して、これこれこう言う電話がケアマネさんからあって私は精神科クリニックの薬が原因ではないと話したんですが、主任さんから、母の倒れた原因について市立病院の担当のドクターに良く話しを聞いてくださいって話して貰えますかって23日の日電話しましたよね。そしたら、ケアマネは市立病院の先生からは自分も話しは聞いているってすごく不満そうだったと、主任さんおっしゃってましたよね」そう話すと、主任さんはあっけにとられている様子だった。そして、私は包括センターに主任さんに電話で母の倒れた経緯について電話してくれるように言っておいたので、主任さんや看護師さん、施設の他の職員も怪我は私のせいじゃないと思っていた事を話してくれるよう頼んだ。「いいですよ。話します」と主任さんは快く引き受けてくれた。「私たちは今では母ひとり娘一人、二人三脚で肩を寄せ合って二人で生きているんです。こういう事になって私にはお正月は来ないです。いきなり包括センターが母を連れ去ってしまい、循環器科の受診も出来ず、包括センターでは薬も持って行っていません。母はいつどこで倒れるかも知れない病状なんです。私は母が心配で心配でたまりません。」涙があふれてどうしようもなかった。「元旦はディサービス休むって行ってましたよね」「簡単なお節料理でもちょっと食べて、初詣に母と一緒に行く予定でした」「娘さん、あんまり思い詰めずに、お母さんの帰りを待っていて上げてください。思い詰めて、娘さんが倒れてしまったら、お母さんが悲しみますよ」と、主任さんは優しい声で励ましてくれた。