数日前の大晦日。母の介護を6、7年前からしていたが、その日、母は自分の元には居なかった。どこに居るのかも分からない。寂しく辛い大晦日だった。本当なら、母と二人で今頃は紅白を見ながら年越しそばを食べているはずだった。悲しくて辛くて涙が止まらなかった。前は国道だった。乗用車やトラックがひっきりなしに走り去って行く。ふと、今まで経験したことのない衝動が頭の中と、胸に走った。「大きな車が来たら、飛び込んでしまいたい」それは誘惑なのか、魔物の呼び声なのか、発作的で、抗いがたい衝動だった。「ダメだ、家に戻ろう。これじゃ本当に飛び出してしまう」何とか理性が勝ってすぐ近くの家に戻った。家に戻っても国道を走る車の音が、抗いがたい呼び声のように聞こえて来る。「どうしよう。これじゃダメだ。そんなとこ飛び出したって死にきれないよ。痛い思いをして、運転者にも大変な迷惑がかかっちゃう」何とかやめなきゃいけない、そうだ、命の電話って言うのがあったっけ。スマホで検索したらすぐに電話番号が見つかった。
出ない。話中。何度も何度もリダイヤルする。表現しようのない衝動が頭や胸に何度もはしる。理性が叫ぶ「お願い!早く繋がって!」50回以上のリダイヤル後、40分か50分後に繋がった。「いのちのでんわ相談室です。」「あの、6、7年前から母の介護をしてたんですが、とんでもない事が起こったんです。私、鬱病体質じゃないんですが、国道がすぐそばなんですが、今日急に発作的に飛び込みたくなっちゃって、それで電話したんです。」おじさんの声で「よく電話してくださいました。どうしたのか話してください」「3日前の午前中、9時半だったか10時に、急に地元の地域包括支援センターの職員が女3人、男3人ゾロゾロと押しかけて来て、母を強制的に施設入所させると強引に言ってきたんです。私は5年前から、変形性股関節症で、片脚がほとんど動かなくなってきていていたんですが、母は日中はほとんど毎日ディサービスに行ってますが、夕方5時からは私が介護していました。去年の(現在は2年前)8月に父が亡くなってからは母と私の二人で二人三脚で仲良く暮らしていたんです。施設入所させる気は全くありませんお帰りください。と言うと、ここ3、4ヶ月でお母さんの身体に痣が何度か確認されたと介護施設から報告がありました、とセンター員達が言いました。私は、3、4ヶ月前にディサービスの施設を変えたら、急に母の脚が弱ってきてしまい、家で時々転ぶようになってしまったんです。11月24日には施設で倒れ、施設から市立病院に救急車で搬送されたんです。担当のドクターは、脳貧血で倒れただけなんで、すぐ家に帰っていいと言ったんですが、心配なので、MRIなどで良く調べてくださいと、2、3日検査入院させて貰いました。検査の結果、脳にも心臓にも異常はないという結果で、その先生の話では食後や排便時に自律神経系の反射というのが起こって血管が急に開いてしまい、脳貧血を起こして倒れてしまうという話で、入院の必要はないという話でした。退院後、認知症のかかりつけの精神科の主治医にそれを話して薬を処方してくださいと言うと、必要はないとの事でした。ところが、それから1、2週間後、夜中の3時に襖にガタガタンとぶつかる音で目が覚めた。夜間頻尿のある母がトイレに立った途端に倒れて、襖にぶつかったのだ。トイレから出てきた母に大丈夫?と声をかけると「大丈夫」と答え、別に怪我はしていない様子だった。翌日の午前中、施設から電話があり、母が額に痣があるんですけど、と言う事で、私は、昨夜の夜中の3時に母が家で倒れ、襖にぶつかる音で目が覚めたんですがその時は気がつかなかったんですね。朝も額に前髪がかかっていて、気付かずに送り出してしまいました。と答え、私も目眩は経験していて危ないので、母と私の掛かりつけの内科にそこの先生は私の目眩にも良く対応してくれた事があり、すぐに母を連れて行くことにした。その日施設へ行き主任さんにその旨を話し、病院に連れて行くと、先生の話では「トイレに立った時に起立性の脳貧血を起こしてるようですね」と言う診断で、もともと低血圧の母が最近かなり血圧が低くて、私も施設でも心配しているんです。と話すと血圧を上げる薬を処方してくれた。その後、また2、3度倒れて、顔などぶつけた事もありました。
そう詳しく説明したのだが、包括センターの職員達は全く耳を貸さず、こちらが「とにかく、午後からそちらに伺います」と言ってようやく帰って貰った。(続く)