2023年もあと1ヵ月。
明日から12月という事実に慄いているアラフォー、蘭月すばるです。
こんにちは。
11月は父が入院していたこともあり、超絶バタバタしておりました。
通常、ワタシは土日は自宅に引きこもっているのですが、父不在のため店舗で店番兼配達なんかもございまして。
そしてワタクシが一人で店番していることを知っている近所のおばちゃん達が入れ替わり立ち替わり話にくるのです。
ま、いいけどね。
というか、父は10月にも入院しまして、ぶっちゃけ10月はじめに東京に行ってからですね、バタバタしていたのは。
どちらも計画入院なので、体調が悪いとかそういうのではないんです。
ただ、簡単な手術(部分麻酔で済む)を伴っておりましたら1週間ほどは入院して、感染症とか異常がないかを見計らっての退院となりまして。
まぁこの間、朝から晩まで、オマエ実家に寝泊まりした方がいんじゃないかレベルで仕事しておりました。
即ち、普段父が担っている業務と、自分の分。
いやー、出来るもんですね。
今年は我が家では、1月に母が肺炎からの弁膜症で入院、2月に手術。
3月下旬にはワタシの弁膜症が発覚し、4月に地元の病院に2回検査、5月に東京の病院でエコー検査、6月に入院手術、7月に退院。
10月、11月は父が1週間ずつ入院。
お取引先のオーナーに「今年は大変だったわね」と労って頂きました。
でもね。
手術は伴ってはおりますが、救急車呼ぶ勢いの重体にはなっていないんですよ。
ワタシの弁膜症もなる早で手術が必要な状態で軽い心不全は起こしてましたけれども、よく心不全のイメージである「うっ…」って心臓抑えて倒れてしまうような、そこまででは無かった。
簡単な手術で済むうちに処置できればね。
怖いのは予後の悪化ですから。
先日、某音声配信コンテンツを聞いておりましたら、「運のいい人はなぜ運がいい事が続くのか」というタイトルがありました。
いい運を引き寄せる人というのは、ラッキーな事が起こった時に、その事象に感謝しているから、感謝した分また次のラッキーが起こるという内容でした。
確かに、それはある。
ワタシも心臓手術をすることになった時には「どうしよう」と焦りましたが、それでも色々調べて、結果ロボット手術という方法を知って、しかも手術は保険適応、病院の入院費もバカ高くない、2週間の入院で済んで自力で歩いて退院してきた。
この一連の流れはラッキー以外の何でもなく、心配して下さった周りの方々から「本当に良くその病院を見つけたわね」「いい病院で手術できてよかったね」と声をかけて頂きました。
その中でも3人ほど「普段からちゃんとしているからよ」と言っていただきまして。
運もそうですが、人様からのご厚意にしても、感謝しつつ有難く頂きます。
これを「いえいえ、そんな💦」なんて遠慮してしまうと、一見謙虚な感じはしますが、もしも運命の神様がいらっしゃるとしたら、「あ、この人は別にラッキーとか要らない人なのかな?」と判断されかねません。
もっと言えば、自分の身の上に起こったことも受け入れて、じゃぁ最善の方法は何かを考えますけどね。
弁膜症が発覚した→手術や入院って〇百万かかるかもしれない→そんな出せないから放っておこう
ではなく、
なんとか手術回避したい→手術のことを色々調べる→ロボット手術という方法を見つける→良心的な病院っぽい→外来予約してみる→手術が決まる
この過程があるんです。
「なんとかしたい」という執念に似た物で、情報を引き寄せたんですね。
ここの熱意です。
そして何もかもスムーズに事が進んで、退院してから3日は寝てましたけれど、その後は自分で車の運転して買い物に行けるようになり、1ヵ月経過した頃には米米CLUBのライブに行くという。
この流れを引き寄せた自分、スゲーーー!
と思いますし、家族を始めとした周りのサポートにも感謝しています。
また、今年後半にやたらと家電とか購入していますが、これについても、欲しいからずっと情報収集をしていて、買える状況が来たタイミングで購入しているんですね。
何も意識せずに突然降ってきた幸運には、もしかしたら気づかないかもしれません。
ずっと準備や下調べをして、タイミングがきたから実行しただけだと、「よかったわね」と言われても「いやいやそんな」って言ってしまうかもしれません。
準備の時間は他人には見えませんから、舞い込んできたラッキーだと思われるでしょう。
でも、人から見て「ラッキー」だと思われる事をきちんと準備して実行したのは自分なんですよ。
だからワタシはそこは謙遜せず、実行して良い結果になった、良いご報告が出来たことに日々感謝しています。
