【2011-04-24(日)③】
いろいろ皆さん一家言お持ちの方多いんです、いろいろ学説あると思いますほんとに、けどが今のところ支持しちゃおうかなあって思ってるのがこの学説なんですよねえ。
「粋とは面白がること」、何言ってんだかこれじゃ分んないよなあ。
「上手に面白がること」、これでもピンとこないよなあ。
「上手に面白がってるってことを根底に秘めていて、表れている様が良いこと」、少し近くなってきたかなあ。
面白がるはキーワードだから外せないしなあ。
「面白がる対象を間違えずに面白がって、そしてその面白がり方を忍ばせていて良い様を表している状態」、諄いなあ、でもこの辺に落ち着くのかなあ。
「表れている様が単に良く見えるだけでなく、根底に上手な面白がり方が潜んでいる状態」
「正しい面白がり方偲ばせつつ、様子が良いこと」
そんなのを見たり聞いたり感じたりした時に思わず出るんじゃなかろかなあ。
「粋だねえーっ」
じゃ粋の反対はと言うと、「野暮」って思う人多いかも知れないんだけど、ここは矢っ張り「不粋」を採ってもらいたいんでしょうねえ、しかも「無粋」でなく。
「粋」の反対としての「不粋」とは、どういう状態を指すんだろうかなあ。
面白がるんだけどその対象を間違えちゃっていて、だけども様子は良い、又は対象を間違えずに面白がってはいるんだけど、なんとも様子が悪い。
両方とも面白がるは一緒なんだけど、対象を間違えて面白がっちゃたら様子が良くても駄目よ、対象を間違えずに面白がってるんだけど様子が悪いから駄目よ、そういうのは「粋」って言わないの、「不粋」って言うのよなんてね。
何故「野暮」でなく「不粋」かと言えばここなんだろうなあ、つまり「不粋」でも面白がるは秘めているんだよなあ、ただ対象を間違えちゃったか或いは表れた様が良くはないということなんだよなあ。
これで「粋」と「不粋」が一対になったような気がするんだけども、じゃ「野暮」ってのはと当然思うよなあ。
先ず考えられるのは、大前提としては面白がらないってことなのかなあ。
「面白がりはしないけど、様子は良いこと」
「面白がりもせず、しかも様子が悪いこと」
うん、そりゃ両方とも「野暮」に違いないよなあ、正真正銘の「野暮」だよなあ、簡単かんたん。
面白がらなきゃ「粋」も「不粋」もないんだから、いくら様子が良かろが悪かろが「野暮」ってもんだよなあ。
てってことは、面白がらないのを総称したものが「野暮」と言っていいんだろうかなあ。
「粋」と「不粋」両方を合わせたものの反対を、「野暮」と言っていいんだろうかなあ。
そうなるってえと、矢っ張り、「野暮よりましさ、不粋も粋のうちって言うじゃないかお前さん」はありだったのかねえ。
だけど、「野暮」から見てその反対って一体全体何なんだろうかねえ、本当に【粋】か【不粋】でいいのか、さあここが分らない。
そんな奴ぁあ大人にゃいないんじゃなかろかねえ、だから「野暮」の反対はなんて考えなくってもいいよなあ、って思っちゃわないとこの先生きていけないような気がしてくるんだよなあ。
あっ、大人にはいなくても小人にはいるかもなあ、いるな多分、いやいるいる間違いなく。
でも、何て呼ばれてるんだろうかなあ、いやいや止めとかなくちゃ、生きていけなくなるどころじゃない、五人分くらいの人生背負って生きてかなくちゃならなくなるもんねえ。