もともと偏屈男の世迷い言 -105ページ目

 もともと偏屈男の世迷い言

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   書かれているものは本当に愚にも付かないことなので精々笑って馬鹿にするくらいで堪えといて下さいまし。

【2021-03-12(金)】

 

 この時期【天気】が愚図付くのも、【春うらら】になる為にゃあ手続上必要なんでしょうから、許す、気の済むまで曇ったり降ったりすりゃあいいでしょうかねえ。

 

 【サクラ】がねえ、もう開花したとこもあんそうでしょうけどが、ここらは今週末かなあ、今年も【花見っ馬鹿騒ぎ】は出来ないらしくって、少しく残念でしょうかねえ。

 

 扨ても、【消費者】の皆様方の今年の【ニュー新しい生活様式】でしょうけどが、これから【変異種】の勢いがどうなってくか次第でしょうかねえ。

 

 去年からの一年間、【検査医療体制】が充分に整っていさえすりゃあ、やんなくったっていいこと一杯あったでしょうに、一年経っても、【やらずに済むこと】が何にも増えてねえってえか、【今年ゃこれやってもいいよ】っせえのが一っつも失えだなんて、やさし淋し過ぎちゃうみたいでしょうかねえ。

 

 もうさあ、いい加減に【新規感染者が減ったら作戦】は通用しねえってことを学んだっていい頃でしょうかねえ。

 

 【天の摂理】に通じ【人の道】を究め【流儀】を確立した方々はさあ、【コロナ】様には【新規感染者どんだけ増えようが】作戦でしか到底太刀打ち出来ねえなんてこたあハナっからお見通しなんでえってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。

【2020-03-12(木)】

 

 【いいご陽気】でしょうけどが、ちと先走り過ぎてるようにも思えて、若し【天気予報業界】と【カレンダー業界】との間で上手く話が付けられるのであれば、もっと【季節】と【月】とがフィットした【新新暦】に、思い切って拵さえ直してみるのもいいか知んないでしょうかねえ。

 

 「やいやいやいやいっ、【朝鮮学校附属幼稚園】にだけ【マスク】を配布しねえだとお、そんな【汚ねえ真似】すんじゃねえ、この【スットコドッコイ野郎】めが」でしょうかねえ。

 

 扨ても、【パンデミック】だそうでしょうけどが、而もそれは【コントロール可能】っせえオマケまでも付いてて、【WHO】と【あちら】との仲、ってよりか寧ろ【ぐるみ】に何とも胡散臭い【懇ろさ】感じちゃうみたいでしょうかねえ。

 

 大きな声じゃあ言えないてえか、聞けないでしょうけどが、【コントロール可能その①】としちゃあ、こりゃもう大概の【消費者】の皆様方ご承知の通り、【あちら】お得意の、【そんなもんじゃ失えだろ実際はその何倍かはあんに決まってんだろ的報告数値】っせえことでしょうかねえ。

 

 世間様に見透かされていようが滑稽に思われてようがお構い失し、絶対に【張本人坊の悪者扱い】だきゃあされまいとの強情な信念の下、【コロナ抑え込み】ができてるふな体裁を整えて、【完全制圧】への道にまっしぐらに見えるふ装おい切って、全世間様からの非難の矛先からこすっからく身を躱わす為のもんでしょうかねえ。

 

 さあさ、その上での【コントロール可能その②】てえなあ、【WHO】めが【そゆこと】全て腹芸で飲み込んどいて、ちゃっかししゃあしゃあと【自然なパンデミック】を宣言するという厚かましさでしょうかねえ。

 

 ねえ、最初の発生国である【あちら】は既に制圧しつつある段階に入ってると臭わせ乍ら、【初動対応】が不手際で不誠実過ぎたことに対しての、全世間様挙げての非難の矛先が向かわないように仕向けてるってことでしょうかねえ。

 

 そりゃ確かに、両者とも【コントロール可能】だと信じ込みたいわさ、【そういう意味】じゃってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。

【2019-03-12(火)】

 

 今日も、とても【快晴】でしょうし、たいへんよく【ぽかぽか陽気】で、大概の【消費者】の皆様方が気に掛けてらっした【三月】の行く末も、これで一先ずは安心して頂けるでしょうかねえ。

 

 こうなってくるってえと、後は、日々刻々と変わる【サクラ情報】でしょうけどが、今んとこは、【蕾】の先っちょが綻んできて、ちいっと【緑】が目立ち始めてきたかなあってとこでしょうかねえ。

 

 扨ても、この【時季】になると、いつも思えちゃうことでしょうけどが、周りにいる人皆んなが皆んな、【善男善女】だらけに見えちゃうみたいでしょうかねえ。

 

 ねえ、【悪いやつ】さえいなけりゃあ、【こちら】っくらい【いい国】、【世界中】どこ見渡したって、外にありゃしないってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。

【2018-03-12(月)】

 

 【風】はもうちょい温るくてもよかったでしょうけどが、すっきりと晴れて、【春】としての一応の【基準】は満たしてたでしょうかねえ。

 

 扨ても【あの業界】でしょうけどが、非常に【文書改竄】のところ、【いい人】っぽく見受けられそうなやつが一人も出てこないってのは、極めて残念みたいでしょうかねえ。

 

 こりゃあ何も【追及される側】ばっかじゃ失くって、【追及する側】も変わりゃしないでしょうし、所謂【正しいこと】をやりそうもない連中が集まってんだから、仕様が失いっちゃあ仕様が失いでしょうかねえ。

 

 そんでも、【瓢箪から駒】てえ言葉があるように、罷り間違って【正しい結果】になんないとも限んないでしょうから、【消費者】の皆様方の【利益】が回復されるといいみたいでしょうかねえ。

 

 それにしても、どっちかでもいいから、【正しいことを行えて、非常に影響力のあるお方】が一人でもいりゃよかったのにってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。

【2017-03-12(日)】

 

 たいへんよくも失いでしょうし、非常に悪くも失いでしょうし、全般的にゃあ【ぼちぼちの天気】でしょうかねえ。

 

 ようようここまで来たからにゃ、【春】めも、こっから先、一ん日一ん日を有意義に過ごしてくといいでしょうかねえ。

 

 扨ても、【TV】じゃ昨日今日と、【東日本大震災】関連の番組多さん見せて下すって、どうもご苦労様でしたでしょうかねえ。

 

 復興途上の方達、【どちら様】に限らず、どうぞして一歩づつでも前進してって頂けるといいみたいでしょうかねえ。

 

 って、所詮は【うつらうつら考え】で、ホント申し訳失いってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。

【2016-03-12(土)】

 気の所為にしてもいいでしょうけどが、どうも今年に入ってからというもの、【週末好天率】低下してるふに思えちゃうでしょうかねえ。


 扨ても【選挙権】でしょうけどが、次の国政選挙から【十八歳以上】に引き下げられるそうでしょうかねえ。

 この偏屈男、あんなもなあ【十五歳以上】にしようが【四十歳以上】にしようが、何にしようが本質的なとかあ変わんないんで、【消費者】の皆様方お好きなようになさればいいたあ思ってるみたいでしょうかねえ。

 唯、【それ】って違うなあって思えちゃう点は、そんくらいだったら【被選挙権】引き下げんのが先じゃ失いのかなあってことでしょうかねえ。

 【十八歳以上】から選べるようにしたっていいとも思わないで、選ぶ方だけそうしよってんじゃ、何か辻褄が合ってこないみたいでしょうかねえ。

 大体が、今の、選ばれる方【二十五歳以上】とか【三十歳以上】で、選ぶ方【二十歳以上】てえことが、そもそも了見違いだてえこと、大概の【消費者】の皆様方お気付きのことみたいでしょうかねえ。

 選ばれる方と選ぶ方との【年齢差】をもっと広げちゃうことんなるてえのに、そかあ素通りってことじゃあ、片手落ちもいいとこでしょうかねえ。

 ありゃあどうしたって、先に【選挙権】と【被選挙権】の年齢一緒にすんのが、【どちら様】に限らず紛れも失くって分かり易いでしょうかねえ。

 てえことで、両方一緒にしてっからてえことんなると、やっぱ【四十五歳以上】からって学説支持するしか失いかなあってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。
【2015-03-12(木)】

 【風】めについちゃ強過ぎでしょうけどが、とても【青空】でしたでしょうかねえ。

 まあ、漸やっと【春っ気】出てきてるたあ思ってやってもいいみたいでしょうかねえ。


 先日ケメコと一緒したでしょうけどが、そん時の話でしょうかねえ。

 お古い方達ご存じでしょうけどが、【テレビ時代】の到来に併せて【一億総白痴化】心配されてたお方いらっしゃったでしょうかねえ。

 はて、今の【インターネット時代】の到来に併せりゃ、今度あ【どなた】が【なに】心配しといて頂けるのかなあってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。
【2014-03-12(木)】

 【一日限定】てえのが少しく残念でしょうけどが、何はともあれとても【春】でしょうかねえ。


 扨ても、【こちら】と【あちら】或いは又【こちら】と【あつら】との【お偉いさん同士の会談】、仲々実現できないてえことみたいでしょうかねえ。

 ですけどが、要は【あちら】や【あつら】がその気になんなきゃやったって意味失いんでしょうし、こかあ無理せず、向こうっからやって欲しいって気になんの待つっきゃ失いでしょうかねえ。

 どうせ、【こちら】に対し【不利益】になるようなことしか言わないてえのはハナっから分かってんでしょうから、昵っくりと【向こうの立場弱くなるような作戦】取ってからにしたほがいいみたいでしょうかねえ。


 そう言やあ、【あつら】最近あちこちでなにか【像】みたいなもん設置してるでしょうけどが、あんなもん【撤去】求めるなんてえ【野暮】なこたしないほがいいでしょうかねえ。

 その【背景】に付いちゃ、あくまでも【あつら】のお考えあるんでしょうから、何も正面切って真と面に対応しなっくたって、放っぽっとくに限るでしょうかねえ。

 てえか、なんてったって【こちら】は【負けちゃった方】で、然かも未だに【敵国条項入り】の儘んまでしょうし、基本的にゃ好き勝手なことやらしとくしか【手】え失いでしょうかねえ。

 まあ、どんなことに対しても言えるなあ精々「・・・と受け取められても仕様が失いようなことをした」っくらいでしょうからねえ。

 そいでも何かしらしなきゃ気が済まないてえ関係の方達いるでしょうから、そゆふな方達ゃそれこそ、【こちら】の【財力】と【叡智】と【技術力】総動員するっきゃ失いでしょうかねえ。

 先ずは、【あつら】の設置した【像】の廻りに、一体が倍っくらいの大きさの【従軍記者】や【従軍カメラマン】や【従軍僧侶】や【従軍医師】や【従軍看護婦】なんかの【像】ぼこぼこ設置すりゃいいみたいでしょうかねえ。

 まだまだ足んないてんなら、いっそのこと【笑わし隊】みたいな【従軍慰問団像】全部設置しちゃえば、【あつら】の設置したもんなんか全く見えなくなっちゃうでしょうかねえ。

 所詮【外交】なんてもなあ、【相手】が【野暮】なことやってるとこ敢えて【こちら】も【野暮】な対応するなんてなあ【下の下】で、そこんとかあさらっと【洒落】と【粋】で流しちゃうてえのが【要諦】なんだってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。

【2012-03-12(月)②】

 

 新吉さんは、殆んどの職人気質の人がそうであるように、寡黙な人でした。

 

 廻りの人は、皆んな新吉さんのことが好きでしたが、新吉さんの見せる素っ気失さには少しだけ物足りなさを感じていたかも知れません。

 

 新吉さんは、いつも涼し気な眼差しをしていて、何に対してもあるが儘を見詰めるということでその誠実さを感じさせる人でした。

 

 そしてそれと同じくらいに、「譬え何であろうが深入りするなんてえ野暮な真似は絶対にすまい」というような雰囲気が感じられるような人でもありました。


 

 そんな新吉さんの身近にはいつでも、幼な馴染みの、と言うよりも寧ろ物心付く前からの仲良しさんとでも言った方がいいような、お春さんというとても愛らしい女性がいました。

 

 新吉さんには、お春さん以外にも三人程知っている女性がいましたが、その三人とは会えば挨拶を交わす程度の仲で、特別な思いを寄せている相手ということではありませんでした。

 

 お春さんは、その三人のうちのお夏さんとは違って情熱的で開放的というような感じではありませんでしたし、そうかといってお秋さんのような感傷的で繊細な女性かというとそういう訳でもありませんでしたし、将又お冬さんのように我慢強く地味に黙々と日々を過ごすという風なタイプでもありませんでした。

 

 いつでも誰にでも分け隔て失く微笑みを向けて、人の心を浮き立たせたり弾ませたりする、お春さんというのはそんな雰囲気が生まれ付き身に付いているような人でした。

 

 そして一番のお春さんの魅力というのは、無理に言葉に変えるとすれば、「心地の良い気怠さを誘う掴みどころの失い甘い魔力」とでも言うしか失いようなものでした。

 

 お春さんに微笑みを向けられた人達は、自分の中に閉じ込めてあった「暢気さ」や「怠け心」を思わず曝け出したくなってしまい、その上で「こうなったらもうこれにとっぷり浸かり続けていくしか失いよなあ」と思ってしまう程でした。


 

 不器用で無愛想な佇まいしか似合わないような新吉さんでさえ、そんなお春さんのことを幼い頃からずっと心憎からず思い続けていたようでした。

 

 そして、「自分とお春さんとは、お互いがお互いのことを水と空気のような間柄だと分かり合えているのだろうなあ」と感じてもいました。

 

 お春さんはお春さんで、新吉さんのことを自分が一番安心できる相手だと信じてもいたし、「落ち着いて一緒に暮らすんだったら、最後は新吉さんしかいないに決まっている」と感じてもいたのでした。

 

 けれど、世の中には「いいところが却って仇になる」ってことはあるもので、お春さんの場合はそれが誰にでも変わらずに暖かく接するってことだったようでした。

 

 若葉が深緑になる頃になると決まっていつも、皆んなの「さあこれから奔放さを思いっ切り謳歌しよう」って声に釣られるかのように、浮き浮き気分でついふらふらとどこかへ行ってしまうということが慣わしとなっていました。


 

 まあお春さんが消えてしまったからといってもいつものことですし、それに時季が来れば又戻って来るっていうことも新吉さんには分かっていました。

 

 新吉さんは何も変えること失く、今迄を過ごして来た通りに一日一日を唯普通に送っていれば良いだけのことでした。

 

 新吉さんは、一年もしないうちにはお春さんが戻って来るということを信じていましたし、そうすれば又いつものように自分の近くでお春さんが微笑んでいて呉れるのだということも知っていたのでした。


 

 いつものように今年もそんな時季が近付いて来ているようですが、新吉さんはこれもいつものように、「今年もまたお春さんを迎えることができるなあ、でも折角なら今年こそはいなくならずにずっとここにいて呉れないかなあ」と思うに違い失いのです。