【過ぎ】って、別の何かの【足らず】でしょうかねえ。 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2019-07-22(月)】

 

 今日明日っくらい迄でしょうかねえ、【梅雨空】も、明後日辺りからは【青空】が続いてきそうでしょうかねえ。

 

 ここんとこ、【カレンダー業界】と【天気予報業界】との不仲説が取り沙汰されてたでしょうけどが、それじゃ余りにも互いの【デメリット】が大き過ぎるってえことに漸やっと気付いたみたいでしょうかねえ。

 

 ねえ、【夏】で【八月】で【カンカン照り】で、【天気】ができて【暦】ができた頃っからあ、目指す方向は常に一緒だった筈でしょうからねえ。

 

 扨ても、近頃つくづく【世の中】が変わっちまったなあって感じる原因の一つに、何でも彼んでもが【過ぎ】になっちまってるってことが挙げられるでしょうかねえ。

 

 少しく前の時代にゃあ、【限度を知ってる】っせえのが、【節度を守る】っせえのが、粋で恰好よくって容子がよいの原点だったみたいでしょうけどが、今じゃそんなのも【美意識】だとも思わなくなっちまってるみたいでしょうかねえ。

 

 そんなよう、皆んなが皆んな、どんなことにも、同んなしようで失くっとも良かんべえに、誰かと一緒なんて、まして真似してまでもなんて、如何にみっともないか、見栄えがよくないか、まるで【野暮】と書いた紙を鼻っ先にぶら下げてるようなもんみたいでしょうかねえ。

 

 特にさあ、【映え】だとか、【若見え】だとか、【承認欲求】だあ、【好評価願望】だあ、何あに言っちゃってんのよ、過ぎちゃってんだよう、そゆのだけばっかしじゃ失くって、全てありとあらゆるもんは、過ぎちゃったらお終い、人間なんてもなあ【過ぎる】に与するようになっちまったら最後、生きてる甲斐も失くなっちまうでしょうかねえ。

 

 へっ、そんで又、【足らず】にしちまっといっちゃあいけねえもんあるにも関わらず、【そいつ】にゃあ無関心で、全く気付く気配も失い、ご念のいったこってしょうかねえ。

 

 【過ぎ】ばっかになっちまうは、【足らず】ばっかになっちまうは、別に【それ】を目指した訳でも失いんでしょうに、自然とそうなっちまっていったか、それが【今の世の中】なんだろなってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。