【大義名分】と【大義】と【正義】 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2012-06-26(火)】

 今日は、朝の寒さの割には、カラッと晴れたいいお天気となって呉れたみたいですかねえ。


 衆議院では【消費税率引き上げ法案】を採決しちゃったみたいですけどが、あんなもなあ皆様方に取っては、ハナっから可決されようが否決されようがカラッとしないてえのは分かり切ってたことなんでしょうかねえ。

 賛成反対どっちの立場だろうが、それぞれ勝手で手前味噌な【大義名分】押し立ててたんでしょうけどが、そのどっちの立場からも【正義】が感じられなかったてえのが一番の理由なんでしょうかねえ。

 年とともに感受性鈍くなってる所為なんでしょうかねえ、この偏屈男にも今回どっち転んでもそこは【正義】が為される場所だとは思えなかったみたいですかねえ。


 基本唯単に【正義】を行おうとするならば、うっかり【大義】なんてえもんにも頼ることなんてしなくって済むんでしょうかねえ。

 忌ま忌ましいことに、その【大義】さえ見付けることできない場合には、取って付けたような【大義名分】てえもんが必要とされるってことなんでしょうかねえ。

 んっ、てえことは、何とか逆の発想できるように訓練して、「お得意の【大義名分】の中から【大義】を昇華せしめて、その【大義】を為すにはどうすればいいのか」って考えれるようにしてやれば、自然と【正義】が行われちゃうってことでいいってことでいいんでしょうかねえ。