「見掛けなくなっちゃうもの」 |  もともと偏屈男の世迷い言

 もともと偏屈男の世迷い言

     当ブログは35歳以下の方にはお勧めできるものではありません。

   勿論閲覧を拒否するなんて勿体失いことも致しませんけどが。

   書かれているものは本当に愚にも付かないことなので精々笑って馬鹿にするくらいで堪えといて下さいまし。

【2012-01-28(土)】

 

 朝からの地震、起き抜けにちょっと緊張感抱きましたかねえ。

 

 お蔭で、今日は密度の濃い充実した一日を過ごせそうですかねえ。


 

 最近、「立ちション」する人を殆んど見掛けなくなったですかねえ。

 

 貧しい時代と比較して、トイレのある場所が飛躍的に増えたことも然ること乍ら、矢っ張り公衆道徳向上が大きく寄与したんでしょうかねえ。

 

 もう一つ見逃せないのは、場合に依っては猥褻物陳列罪に問われるかも知れないという恐怖心が、それに拍車を掛ける役割を担って呉れたってことでしょうかねえ。


 

 「煙草」に関しても同じ様なことが言えると思いますけどが、「路上喫煙」は勿論のこと、街中公衆の面前で吸う人も随分と減ってきましたかねえ。

 

 皆んなからは白い眼で見られるし、場所に依っては罰金を取られることもあるんだそうですってねえ。

 

 「煙草」を味わうよりも先に、「人間失格だとでも言われているような気分」を味わされるくらいなら、「この際止めとこうかな」って思うしか失いでしょうかねえ。


 

 「立ちション」にしろ「路上喫煙」にしろ、いつどんな場所を選ぼうがお構い失しという時代が、気の遠くなるくらいに長いこと続いてきてたんですけどがねえ。

 

 それが、最早やそんな時代があったということさえ、歴史の片隅に追いやられてしまうようになっちゃうとはねえ。


 

 「立ちション」や「路上喫煙」する人いなくなったのと同じくらいの長い時の流れを経ちゃうと、「歩き携帯」なんてのも目にすることができなくなっちゃう時代が、いつかは自然と来ちゃうものなんでしょうかねえ。

 

 気の遠くなるくらい先のいつの時代かにはどうせ見掛けなくなっちゃうものだとするならば、「歩き携帯」してる人は、今の内はまだまだ、自分が「立ちション」や「路上喫煙」と同じようなことしてるんだなんて思わなくってもいいってことなんでしょうねえ。