【2012-01-07(土)】
昔は「真実は一つだ」って言葉よく聞きましたけどが、気が付くといつの頃からか、何か色んなお立場の方々がそれぞれの主義・主張で「これが真実だ」って仰って下さるんですよねえ。
折角そう仰って下さるんですから、「真実じゃ失いこと」なんて一つもあろう筈失いですかねえ。
そするってえと、「真実」なんてもんは昨今では多さんあって然る可きで、而もてんでばらばらなだけに余んまり当てにならないんだって考えておいた方がスッキリしますかねえ。
「真実だらけ」の中でそれでも何か代わりに「一つだけのもん」拠り所にしたいってんなら、結局それは「真実じゃ失いものは一つだ」って考えるしか失いんでしょうかねえ。
いつ頃迄かはよく覚えて失いんですけどが、ある時迄は「世の中真実じゃ失いものだらけで、真実は唯一つだけ」って考えが通用してたかなあって気薄っすらとはするんですよねえ。
ですけどが、こう皆んなが皆んな唯一つである筈の「真実」を持ち寄ってお集まり下さっちゃう世の中だと、持ち寄り残しされた「唯一つの真実じゃ失いもの」の方のが余っ程頼りになるって考えに改めざるを得ないんでしょうかねえ。
皆んなが言ってることはそれぞれの皆んなに取っての「真実」なんでしょうから、却って誰も言ってないことってのが「唯一つの真実じゃ失いもの」なんでしょうかねえ。
そしたら「唯一つの真実じゃ失いもの」に巡り会った後、次にその正反対のものを思い描けば「唯一つの真実」に辿り着いちゃうんでしょうかねえ。
時代はどんどん変化しているんでしょうから、今や「真実じゃ失いものだらけの中から唯一つの真実見付出す」なんて間抜けな手法はもう通用しないんでしょうねえ。
この頃の方達は「先ずは真実だらけの中から外れている唯一つの真実じゃ失いものを見つけ出し、次にそれと正反対のものを唯一つの真実として思い描く」っていう複雑な手法を採ってらっしゃるんでしょうかねえ。
やっぱこういう時代ですから、「唯一つの真実を見抜く力」なんてもんよりも「唯一つの真実じゃ失いものを見極めるとともにその正反対のものを思い描ける力」こそを備えていなければ、結局「唯一つの真実」には辿り着けないということでいいってことなんでしょうかねえ。