割合いと苦手なこと。 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-12-10(土)】

 

 寒い毎日が続いて、やっと落ち着いて冬を実感できるようになってますかねえ。

 

 こゆふに穏やかでさえあれば、どんな季節であろうとも許してやれるんでしょうけどがねえ。

 

 って言うよりも、寧ろ愛でて上げたい気にもなるってもんでしょうかねえ。

 

 だからと言って、うっかり褒めなんぞしようもんなら、又ぞろ頭に乗り過ぎて何をするか分かんないですかねえ。


 

 褒めると言えば、どうもこの偏屈男、昔から褒められるのが割合いと苦手でしたかねえ。

 

 どこかしら面映ゆくて、どんな顔したらいいのか分かりませんし、却って困ったことになっちゃったなあって思うのが殆んどですしねえ。

 

 それに、分かり辛いでしょうけどが、何かしら損したような気がして途方に暮れちゃうんですよねえ。

 

 自分としてはなまじ褒められたりいい評価を受けたりするよりは、謗られたり非難されたり侮られたりされてた方のが居心地いいかも知んないですかねえ。

 

 貶されて得したとも思いませんけどが、そっちの方が少なくとも損はさせられてはいないなって確信できるんでしょうねえ。

 

 褒めるってことは好意と善意で成り立ってるんでしょうから、その好意と善意に対してはひれ伏して謝意を表わしたいとも思うんですけどがねえ。

 

 唯、できれば好まれるとこくらいで止めといて貰って、褒められるとこまでは行って欲しく失いかなあとは願っているんでしょうかねえ。

 

 この偏屈男、基本的には「自分で自分を責めて上げたい」ので、「自分を褒めて上げる」なんてこた成る可くしたく失いんですよねえ。

 

 そういう自分を差し置いて、褒めるなんて了見違いなことして戴いちゃうと、これはもう参っちゃうしか失いんですよねえ。

 

 若しひょっとかしてそういうことが必要だったら、その時は多分自分でできるんじゃ失いのかなあって気するんですけどがねえ。

 

 別に「横からポッと出てきた人に抑々見る眼があるのかよ」なんて、そんな烏滸がましいこと思ってる訳じゃ失いんですよねえ。

 

 唯、自分を褒める資格があって而もその評価も当てにできるとなると、それは恐らくは自分自身と精々親兄弟くらい迄じゃ失いのかなあとは思ってますかねえ。

 

 そういう微妙な部分へいきなり土足で踏み込まれたかなっていうふうに感じられて、自然と何かしら損したなあって思いが湧いて来るんでしょうかねえ。

 

 だって勿体失いですかねえ、折角自分が褒められるとこまで到達できてたとしたら、そんな嬉しいこと他人にされちゃうなんて。