【2011-11-24(木)】
昼間おてんと様が元気してて呉れると、「秋って、やっぱいい季節だよなあ」ってつくづく思いますよねえ。
これで「朝方寒くなくって、日が落ちてからも冷え込まなけりゃあなあ」って思わせて呉れたなら、もう立派な押しも押されもせぬ一人前の「晩秋」になったってことですかねえ。
「或る時代」を言葉にする時に、例えば「江戸時代」とか「明治時代」とかいう風に、呼び捨てにはせずに「時代」という敬称を付けるんですよねえ。
現在に生きている者に取っては「江戸」とか「明治」は既に身近なものでは失く、それは歴史の中の或る時代という感覚を抱いているからなんでしょうかねえ。
大分昔の時代であるという認識から、敬意を抱くと共に身近に感じられない他人行儀さをも抱いているということでもあるんでしょうかねえ。
今、「平成」も二十三年が過ぎようとしている時、「昭和」にもそろそろ「時代」を付けなきゃいけないような雰囲気になってきてるのかなあって感じを受けるんですよねえ。
「平成」になって暫くは「ついお隣の昭和」って感覚で、唯単に「○年前」とかひどい時には年号なんか付けずに「四十年代」とか「五十年代」とかで間に合わせたりもしてたんですよねえ。
それに、まだまだ「戦前・戦後」って言い回しだって随分と重宝に使えてもいたでしょうし、何よりそれで通じてもいたでしょうかねえ。
それが段々と自然に「昭和の頃」とか「昭和○十年代」とか言うようになったり、「戦前」とか「戦後」とかいう時にゃ思わず辺りを憚るようにもなってるでしょうかねえ。
まあそんなこんなでも、改まって「昭和時代」なんて台詞を口にするなんてこと思ってもいなかったんですけどがねえ。
この偏屈男にしてみれば「昭和」と「平成」って所謂続き物なんで、そこには区切りが付いてるっていうイメージを持ち辛かったんでしょうかねえ。
最近になって漸やっと、「んっ」って思う時が何かしらんあるけどが何故なのかなあって考えてたんですよねえ。
引っ掛かる訳で、何かの話をしようとすれば一番近い「昭和」のことでも二十三年も前のことで、下手すりゃあ何と半世紀以上も前に遡らなきゃいけないんですから、こりゃあもう立派に歴史の中の話ってことになってるんでしょうねえ。
「昭和」が終わって段々遠くになりつつあるとは気が付いていたんですけどが、まさか自分が「昭和」のことを「昭和時代」って言うようになるとは思いませんでしたよねえ。
そう言えば、「明治」が遠くなりにけっちゃったのも、年数で言えば二十年後くらいですもんねえ。
「大正」を挟んでいる「昭和」から見ればってことで、二時代前はさぞや遠く見えるんだろうくらいにしか思って失かったんですけどがねえ。
どうやら、年数過ぎると感じちゃうもんだったんでしょうかねえ、迂闊でしたかねえ。