【2011-10-25(火)】
ふと気が付くと、世界は羨ましいくらい変わってるんですねえ。
五六十年前の世界とは、ガラッと変わっちゃってますよねえ。
分裂して失くなっちゃった国、一緒になってくっ付いちゃった国、革命が起きて体制が変わっちゃった国、名前そのものが変わっちゃった国、色々ありますよねえ。
一つの国って、五十年も六十年も同じなのはおかしいんですかねえ。
この国だって維新で変わって、終戦で変わって、その度によい世の中を目指してきたんでしょうかねえ。
お余所の国がガラッと変わってくのを見てると、こっちはいいのかなあって思っちゃいますかねえ。
この国は、もうガラッと変わる必要は失いですかねえ。
切って捨てて拾って膨らませて変わるエネルギー、溜まってはいないですかねえ。
それとも、六十年掛けて溜めた「時代のエネルギー」は、上っ面で進歩や発展のエネルギーに変えてきてたんですかねえ。
そして内部では、劣化や腐敗のエネルギーに変えてきてたんですかねえ。
内部の捩じくれてドロドロになったエネルギーは、漏れ出してきませんかねえ。
六十年もすりゃあ自然に「時代のエネルギー」溜まっちゃって、そいつが次の時代を生み出してくみたいな気しますかねえ。
良くも悪くも、どんな方向だろうが変わってみる手もあるんですかねえ。
兎に角、溜まった「時代のエネルギー」は正しく使われるといいんでしょうかねえ。
自分達の怠慢の積み重ねなんでしょうけどが、国そのものが六十年も変わってないっていうの、何か違和感を感じて落ち着かないですかねえ。
世の中が変わってくのは目撃してきたんですけどが、時代がガラッと変わるっていうのに直面して失いからなんでしょうかねえ。