「半値の八掛け」 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-09-30(金)】

 

 昔の年齢を今に適用するとしたら、今の年齢を七掛けにすると調度良いと言われた時があったんですよねえ。

 

 簡単に言えば、今五十歳の人だったら昔の三十五歳くらいにしか見えないかなあって考えなんですよねえ。

 

 それだけ肉体的年齢が向上しているってことと、長くなった寿命ということを考慮すれば確かに当たっているんでしょうかねえ。

 

 若々しいですもんねえ、全体的に。

 

 四十過ぎたらもう人生の晩年に向かってくって時代から考えたら、四十なんてのはこれから盛りを迎えるんだっていう今の時代は想像も付かないでしょうかねえ。

 

 今七十歳の人は昔の時代で言えば五十前、六十歳の人は四十の盛り、五十歳の人で三十五の若さなんですねえ。

 

 今三十歳の人は昔の時代の「はたち」そこそこ、二十歳の人は「元服前の十四歳」なんですかねえ。


 

 精神年齢っていうのもそうなんですかねえ。

 

 昔の十四五歳の精神年齢が今の「はたち」くらいの人の精神年齢なんですかねえ。

 

 昔の「はたち」の精神年齢は、今三十歳くらいの人の精神年齢なんですかねえ。

 

 今四十過ぎてたって、昔の三十そこそこの精神年齢なんですかねえ。

 

 昔も今も精神年齢に変わりは失いとするならば、それに見合う年齢に差が生じてるってことなんですかねえ。

 

 昔は二十歳で二十歳の精神年齢を持ってたんでしょうけどが、今は三十歳くらいにならないと持てないんですかねえ。

 

 ひょっとかして、もっと寿命の短い時代であったならば、十四五歳で二十歳の精神年齢に達してたかも知んないですかねえ。


 

 そんなこと考えると、今の時代は七掛けどころか「半値の八掛け」くらいなんですかねえ。

 

 20×0.5×0.8=8

 

 道理で今の「成人式」が「七五三のお宮参り」に見える訳なんですかねえ。

 

 なんて、「はたち」の頃に十四五歳にしか見られなかった人間が言っちゃってちゃいけませんねえ。