【2011-09-24(土)】
職業とか仕事って範疇なんですかねえ、政治って。
お国の為に何かをするってのは、その専門若しくは特別な職業に就くからできるものなんでしょうかねえ。
お役人には、そういうのって求められるんでしょうかねえ。
何の知識も智恵も失い人達には任せられませんかしらねえ。
人の世をよくしようって思う人には、何が一番必要なんでしょうかねえ。
知識とか智恵が一番なんでしょうかねえ。
そんなものは、代わりに誰かが持ってて呉れりゃあいいもんじゃないですかねえ。
代わりに誰もが持てないものを持ってる人が、一番政治を行える資格があるんじゃないですかねえ。
よく、資質があるかとかその器かとか言われますけどが、それは多分当たらないと思いますけどがねえ。
だって、誰もが持っていないものを持ってる人、持ってない人が判断できる訳失いんですよねえ。
世間の誰もが判断できないような人が、誰も持ってないものを持ってるんでしょうからねえ。
いなけりゃどうすればいいんでしょ、ってことは考えとかなきゃいけないんですよねえ。
いれば、こっちが判断するなんて紛らわしいことしなくたって現れている筈なんですけどがねえ。
できるだけ現れる筈だというイメージに近い人を、選ぶしか失いんでしょうねえ。
そのイメージに合わない人は、淘汰してかなくちゃいけないんでしょうねえ。
って言うことは、こっちにもそれなりの歴史観なり国家観なり価値観なりが備わってなくちゃ話が始まりませんかねえ。
とは言えども、それが一律のレベルである必要は全然失くともいいんでしょうねえ。
例えば歴史観、生きて死んで行くのが人間だっていう歴史観でもいい訳なんですよねえ。
幕末明治を基本にしたものだっていい訳なんですよねえ。
戦後六十何年かを基本にしたものだって、そりゃそれでいい訳なんですよねえ。
極端に言えば、600万年前から現在迄を通して考えるのだって全然いい訳でしょうねえ。
要は、何かを考えられればそれで上出来なんでしょうねえ。
国家観だって、自分にとってのいい国や廻りの人にとってのいい国がイメージできさえすりゃあ、それはそれでいいんでしょうよねえ。
個人の価値観なんてもんは、こりゃあもう千差万別なんですから、要は、一人一人が持ってていて呉れさえいりゃあいいもんなんでしょうよねえ。
持たないってのが、一番始末に悪いんでしょうかねえ。
この偏屈男、その器の人その資格を持った人がしたから結果それが政治だった、って考える方が好みなんですよねえ。
前にも言ったかも知れませんが、いないんじゃないのかなあ、政治家なんて。
ここ迄生きてきて、自分の時代に頭に浮かぶのは2,3人ですからねえ。
歴史に残ってる政治家何人いるんですかねえ。
その同じ歴史の中に、何人政治家って名乗っていたんですかねえ。
今の時代に政治家って名乗ってる人の中から、歴史に残る人っていますかねえ。
仮に一人か二人いるとしますでしょ、じゃあ残りは皆んな政治家じゃないんですかねえ。
若しひょっとかして、将来の歴史の教科書に残る人がこの5,6年の間には一人もいなかったらどうしましょ。
恥ずかしく思えば、それはそれで済んじゃいますかねえ。
歴史の教科書に残るような政治家持てなかったってことを、恥ずかしく思えばそれで済んじゃいますかねえ。
そんなものの為に税金納めてるんでしょうかねえ。
枯れ木も山の賑わいだからいいんでしょうかねえ。