【2011-08-24(水)①】
何かを守る為には何かを捨てるか奪われなくちゃいけなくて、守った積もりでいてもそれは何かを捨てたか奪われたが為で、結局最後は又何かを捨てるか奪われなくちゃいけなくて。
だったら最初から捨てときゃ良かったかというと、人生そんな単純なものじゃないんでしょうねえ。
守らにゃいかんもの、捨てにゃいかんもの、奪われそうなもの、それがそれぞれ複雑多岐に亘っているのが人それぞれの人生なんでしょうかねえ。
守り時も捨て時も奪われ時も、あったらいけないのは自分の命と身内の命と人様の命だけで、それ以外は何がどうあろうとも人それぞれその場その場でいいんでしょうかねえ。
けどが、守るもの、捨てるもの、奪われそうなものが多くなればなる程、総合的な判断を下す時って大変なんでしょうかねえ。
自分の廻りのことだけ考えて生きてる人でさえその判断は大変なんだから、世の為、人の為、国の為と思って生きてる積もりの人は余っ程大変過ぎて、もう自分じゃ決められなくなっちゃうんでしょうかねえ。
そういう人は、持っているものは全て守るものしか持っていないと思い込み、捨てるものなんて持ってはいないと思い続け、奪われるものなど持ったこともないと信じ続けていくんでしょうかねえ。