心を籠める |  もともと偏屈男の世迷い言

 もともと偏屈男の世迷い言

     当ブログは35歳以下の方にはお勧めできるものではありません。

   勿論閲覧を拒否するなんて勿体失いことも致しませんけどが。

   書かれているものは本当に愚にも付かないことなので精々笑って馬鹿にするくらいで堪えといて下さいまし。

【2011-08-23(火)②】

 

 心が籠められていると、それは必ず伝わってくるものなんでしょうねえ。

 

 よく雰囲気と言いますが、雰囲気とは心が籠もっている状態のことなんでしょうかねえ。

 

 心を籠めれば、その籠もった様は雰囲気として残るものなんでしょうかしら。

 

 雰囲気というものに変わって、籠められた心が伝わってくるんでしょうかねえ。

 

 雰囲気として残っていなければ、雰囲気が伝わってこなければ、それは心が籠められていないってことでいいんでしょうかねえ。

 

 

 「おもてなし」の飲食業や宿泊業、或いは「お世話する」の医療・介護福祉業等は、心を籠めてなんぼのお仕事なんでしょうかねえ。

 

 どんな職種でも心を籠めるっていうのは基本なんでしょうけどが、「おもてなし」とか「お世話する」で対価を得る業種は特にそれが求められるんでしょうよねえ。

 

 「実際に提供するサービス」に「心を籠めた雰囲気」がプラスされていて初めて、対価の対象になれるんでしょうかねえ。


 

 例えば同じ材料で同じ調理法で同じ技量の人が作る料理、片方は心を籠めて片方は心を籠めずに作ったらどっちを美味しく感じるんでしょうかねえ。

 

 両方とも全く同んなし料理だと思いますかねえ、それとも何か違いを感じますかねえ。

 

 現実には全く同じ材料・調理法・技量なんて失いでしょうから、甲乙は簡単に付けられるんでしょうがねえ。

 

 けどが、それぞれが違う材料・調理法・技量も心を籠められた結果として捉えれば、より心が籠められた方のを美味しいと感じるんでしょうねえ。


 

 ホテルに泊まる時、客室に入った瞬間に雰囲気を感じる時ってあるみたいですよねえ。

 

 心を籠めてルームメイクして呉れたんだろうなあってお部屋、偶まに当たる時あるみたいなんですよねえ。

 

 不思議ですけどが、一つや二つミスがあろうがそんなの全然気にならないくらいに、心を籠めて部屋を作ろうとして呉れたんだろうなあって雰囲気が残ってる客室ってあるんですよねえ。

 

 「私が担当しました」なんて札があろうが失かろうが、このお部屋を担当した方が偲ばれるような客室に出会うことってあるんですよねえ。


 

 医療や介護に携わる方って、相手のことをどれくらい自分のことに思えるかどうかで心の籠もり方が違うんでしょうかねえ。

 

 「自分のことのように」を、どれだけ「自分のこと」に近付けられるかなんでしょうかねえ。

 

 面と向かった相手への、直接自分の心と体を使うサービスですもんねえ。

 

 「お世話する」職種って、雰囲気どころじゃなくって、直かに心の籠もり方が伝わっちゃうんでしょうかねえ。


 

 なにかとは違って、サービス業はどんな職種でも、「実際のサービス提供」プラス「心が籠っている雰囲気」で料金を頂戴するんだってことなんでしょうかねえ。