清々しさを感じない |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-07-22(金)】

 

 五月にも前日との気温差が10度を越えたなんて日があったけどが、七月でもあるなんて思いませんでしたよねえ。

 

 季節に向かっての人間の調節機能って、何ヶ月か掛けてその季節に対応できるようにするそうだけどが、そうはさせじというかそうさせてなるものかと誰かが意地を張ってるみたいな感じしちゃうんですよねえ。

 

 こうなったら成る可く狂わせてやれ、狂わせて対応し辛くさせてやれって、誰かがわざとやってるんじゃないのかなあ。


 

 なでちゃん達の試合を見てて清々しさを感じたのは何故かなあってぼんやりと思ってたら、若しかしたらそうなのかなあっていうことが浮かんだんですよねえ。

 

 形相変えて目の色変えて必死になって頑張って思いを果たすってことは、虫がいいことなんか一っつもやってないってことなんでしょうよねえ、そういうのを端たで見てて感じるのが清々しさってもんなんでしょうかねえ。


 

 「虫がいい考え」というのは「機転を利かせる」とか「才覚を働かせる」とかいうこととは明らかに違いますもんねえ。

 

 虫がいいこと考えたりしたりしてる人を見てると清々しさどころか嫌悪感を感じちゃう、いやそれ通り越して憐憫感さえ感じちゃうなんてことをよく耳にしますもんねえ。

 

 虫がいいこと考えたりしたりするのを見ていたら、清々しさは感じないんでしょうよねえ。

 


 世の中の悪しきことの大半はフェアにやらないことから派生する悪しきことで、残りの大半は虫がいいこと考えたりしたりすることから派生する悪しきことなんですかねえ。

 

 悪しきことに手を染めているこの偏屈男、その悪しきこととは、矢っ張り愚にも付かないことを考えることから派生する悪しきことなんでしょうねえ。