【2011-05-28(土)】
夜に強い雨風があると必ず思い出すのは、あのルイ・アームストロングのペットの調べ「プァッパパーッ・プァッパッ・パパッパッパッパーッ」なんですよねえ、昔叔父の残した日記を読んだ時の或る1頁が印象に残っているからなんですがねえ。
某年某月某日 日中ハ晴レ、夜来風雨ノ声
夕方御子柴来駕、マタモ遷都論ス、双方譲ラズ互イニ激高スルコト件ノ如シ、御子柴辞去後れこーど、ぶるーすニス、遷都論ノ後ノぶるーす鎮静薬ナリ、セントロンス・ぶるーすナリ。
何十年も前のあの時代から首都移転は重要な議論の対象だったんですよねえ、喧々諤々と各自が支持する遷都論をぶち、双方主張を譲らず又も物別れとなる。
友が帰った後、遷都論で昂ぶった心を落ち着かせる為にといつものレコードを聴く、曲は「セントロンス・ぶるーす」、いつの間にか外は強い雨になっていることも窺えるんですよねえ、明日の朝花が散っちゃてるのか御子柴が死んじゃってるのかは分らないけどが。
この二人の主張が互いに何だったのかはこの日の日記からは読み解けない、けれどもその後首都移転がされたということもないのだから、大して役には立たない議論であったろうことは容易に想像できるんですよねえ。
まるで今と丸っ切り同んなしみたいですよねえ、ただ残された日記全てを読んでみると叔父の考えはこうだったのではないかな位は類推できるんですよねえ。
結論として「二都制」なんですけどが、先ず東京と京都か奈良のどちらかでその二つを首都として而も首都機能は分散するのではなく三権の機能や経済機能は両方どちらでも果たせる準備をしておいて、内宮・外宮或いは上社・下社の関係にして20年毎に替り番こ使うというものなんですよねえ。
こうしておけばどちらか一方、東京に決まっていますが突然その機能を失ったとしても片っ方にすぐ引っ越すことができて空白時間を最小限に抑えられるという理由なんですよねえ、まあ本宅が駄目なら妾宅があるさという感覚なんでしょうかねえ。
東京以外に京都奈良を選んでいるのは、もともと地震や噴火や津波で苦しんだ九州くんだりからここだって決めて掛ったってことはその危険性がないことの証明だって信じてたみたいなんですよねえ、それに畏れ多くもご皇室に在らせられては随分長いこと家を留守にされているってことにも気を使ったみたいなんですよねえ。
しかしほんとに首都機能移転や遷都の問題は野ざらしの儘でいいんだろうかなあ、できればもう一回「セントロンス・ぶるーす」流行らないかなあ。