【2011-05-22(日)①】
一番行ってみたい国のアンケートで 上位を占めるのは矢っ張り欧米各国でしょうかねえ、最近アジア諸国も結構人気みたいですよねえ、特に中高年女性の韓国熱は留まるところを知らないとか言われてるそうなんですってねえ。
では中高年男性の憧れの国、生きてるうちにどうしても一回は行っておきたい国はどこなんだろうかと真剣に考えてみたんですよねえ、そしたら多分この国に違いないと言う国あったんですよねえ。
誰もがそう考えている国そうそれは「石鹸の国」なんですってねえ、世界が認めていようがいまいがランドと言うからには国に違いはないんでしょうねえ。
「石鹸の国」嗚呼その名の響き、邪まな想像を掻きたてる隠微なその名の由来、今やフィンランド共和国のサウナを駆逐しトルコ共和国のハマムさえをも凌駕した感のある「石鹸の国」、中高年男性にとってはまさに地上に残された最後の楽園となるんでしょうよねえ。
目くるめく快感天にも昇る心地、昇天、そう「石鹸の国」というのは実は「天国に一番近い国」でもあったんですよねえ。
まだほんの幼い頃のことなんですけどが、何を血迷ったのか「あっちの方の標準回数」というものが世の中の重要関心事となり、国論を二分する程の議論がなされたことがあったと記憶してるような気がするんですよねえ。
確かそんなことあったよなあ、いや又ゝ例の思い込みなのかなあ、でも遠い記憶のそのまた遥か向こうに微かに残っているような気がするんですよねえ。
あっちの方ってどっちの方なのかって言うと、よく「最近あっちの方はどうもね」とか「うち此の頃あっちの方はさっぱりなのよ」とか「まだまだあっちの方お盛んなことで」とか「あっちの方はそっちの方に行った時しかやらない」とかいうあの「あっちの方」のことなんですよねえ。
20歳代以上男性を年代別に分けてその標準回数を政令化しようという運動には発展しなかったんですけどが、兎に角年代別標準回数とやらいうものが世の中に流布されてしまったんですよねえ。
その算出方法は極めて簡単な算式で、「年代×9=1週間当たりのあっちの方の回数指標」というものだったんですよねえ。
20代は2×9=18で1週間に8回、毎日一回、体調や明日の予定に依ってはも一度お願いも可。
30代は3×9=27で2週間に7回、2日に1回のペース、毎日は毒だからセーブしようよお願いだから。
40代は4×9=36で3週間に6回、週2回ペース、この辺なると体調管理して規則的にねって感じかな。
50代は5×9=45で4週間に5回、週1回ペースでそれでもまだ何れかの週は頑張りが必要ってかな。
60代は6×9=54で5週間に4回、週1回ペースだけど毎週はよそうよ今週は空けようよが儘あるかな。
70代は7×9=63で6週間に3回、ここでやっと毎週から解放され2週間に1回、枯れてないよなあ。
80代は8×9=72で7週間に2回、それでも月1回ペース越えてるのかよ、明治生まれの気骨かな。
90代は9×9=81で8週間に1回、2か月に1回その気になるだけでも立派、へへーっ。
10代は10歳から19歳ではバラツキがありあっちの方の適性年齢も決め兼ねるし、仮に数式に当て嵌めても異常値が出てしまうので割愛されたようなんですよねえ。
でも、参考迄に提示すると1×9=09で、これは多分1日に9回可能という恐ろしい結果が出てしまうんですよねえ。
それで、これは伏せといた方がいいという圧力が何処かから掛ったんじゃないのかと噂されたこともあったんですよねえ。
10代以下と100歳代はすぐに分るように、0に9を掛けたって0にしかならないので考慮の範疇にないってことだったんですかねえ。
けどが、今や様々な低年齢化を考慮したり、生死確認別にしても100歳以上の方4万人以上もいらっしゃるということを考慮すれば、再考の余地があるかも知れないですよねえ。
あっ、今再考しようなんて考えてる人なんかいないんでしょうかねえ。
でも、この標準回数ってやつはお互い決まったお相手を対象とするが原則だったようなんで、アッチでのあっちの方やコッチでのあっちの方のこと迄は計算に入れてないものなんですよねえ。
うちでもチュンチュンあっちでもチュンチュンこっちでもチュンチュンしてる人には、正直辛い数値だったと思うんですよねえ。
この標準回数が、世間でと言うか家庭でと言うか夫婦間でというか大問題に発展してしまい、この頃から家庭内の不和とか家庭内別居とか完全別居夫婦とかが浮き彫りにされるようになり、離婚率が急上昇する大きな要因となってしまったそうなんですよねえ。
それでこりゃヤバイってことになり、それ以後は皆んなが口を噤んで話題にさえしないようになったみたいなんですよねえ、世間が葬り去ろうとしたものなんだから記憶が定かでないのも頷けるんですがねえ。
「あっちの方の標準回数」なんてテーマは現在では考えられないようなことなんですけどが、戦後の復興から高度経済成長を支えたモーレツの裏には、あっちの方に迄真剣に立ち向かおうとした戦士の悲哀が隠されていたのかと、今更ながら感動せざるを得ないんですよねえ。