【2011-05-05(木)】
今となっては全く使わなくなってしまった言葉があるんですよねえ、お店やさん(あっこれも死語かも)に行って、店の人が奥引っ込んでた時呼び掛ける「くださーい」っていうあれ。
スーパーやコンビニなんて失くて、所謂単なる近所の商店しかなかったんですデパート以外には、そんな頃はお使いに行くのは子供の役目、「下さーい」って言葉しか知らなかったんですよねえ。
若い奥さんなんて、「下さいなあ」なんて鈴の転がるような声で言っちゃってその色っぽいこと、そのお店の主人といい仲になっちゃったお姉さんなんか、鼻にかかった甘えた声で「んふぅんぅくださひなあはふぅん」なんて言っちゃって、後で主人とカミさん揉めちゃったりして。
今や対面販売でもレジの前に無言で差し出せば買えちゃうんだから、煩わしくはないと言ってもいいんでしょうが、あの色っぽい若妻や店主と訳ありのお姉さんと出逢えなくなっちゃったつまんなさ寂しさは、どこにはけ口求めたらいいんだろうかなあ。
子供の頃出逢えたのに、その利用法知ってる今出逢えないなんて、人生不可解身を投げちゃおうかな、でも、子供の頃知ってただけでもまっいいかと思うしかないんでしょうかねえ。
最近何気なく気付いたような気がしただけのことなんです、朧ろ気ながらなんですよ勿論、あっ若しかしたらうぅーんそうなのかなあって思っただけのことなんですけどもねえ。
ボランティアで頑張って呉れている人達には頭下がりますほんとに、これは偏屈でもなんでもなくです、だけどそれで思ったことが偏屈と捉えられても文句は言えません。
ただ、熱狂的なファンの方々には他意もありませんし、ましてやあの人を批判しようなんてこれっぽっちも考えたことありません、逆に好ましい人の部類に入ってるっていうことだけは理解して貰えると有り難いんですがねえ。
あのボランティアの方達は何を救おうとしているんでしょう、多分お上じゃあないと思います、それは絶対にと言っていいと思うんですが、そうです困っている人達をですよねえ。
そんならですよ、では祖国を救ってはいないんでしょうか、いんやあの人達は紛れもなく祖国を救っていますよねえ、誰が見たってあの人達は究極的には祖国を救っているんじゃないのかなあと思える今日この頃なんですよねえ。
では救われている、違うなこの言い方は、当然救われるべき身となった人達は一体誰に何に救われているんでしょう、勿論お上じゃないってことは皆んな知ってます、そうそれは究極的に言えば祖国を救っている人達にでしょうよねえ。
祖国に拾われるほどの身ありや、そこまで突き詰めて考えなくても良かったんじゃないのかなあと軽々しくは言えません。
でも、お上をじゃなくて祖国を救う人達、お上にじゃなくて祖国に救われる人達っていること知ってたんじゃあないでしょうか、奇しくも東北でしたんでそんなこと考えてしまいましたって人いるんだろうなあ。
祖国が拾うほどの身ありや、身捨つるほどの祖国ありやの裏には、そんな思いが若しかしたらひょっとかしてあっても不思議じゃないんじゃないかなあ。
お上じゃない祖国信じて身を捨てた人達に一人で申し開きしなくても良かったんじゃないかなあと、でも結局は無駄死にになっているんじゃなかろうかと考えたことには異議はないよなあと思うんだよねえっていう人いるだろうなあ一杯。
僕は何も言えません、言う資格もありません、でも強いて現状を報告せよと仰るならこう言うしかありません、祖国が祖国を救っているみたいな気がするんですがねえと。
それよりか、燐寸で点ける煙草にも不自由してるんですよ今は、と報告したいんだよなあ。