スイスのチョコレート レダラッハ
カタツムリの形をしたスマイリースネイルは、ミルキーなスイスチョコレートの中に美味しいナッツ類のペーストとチョコレートを練ったジャンドゥーヤが入っている「ボンボンショコラ」です。スイスやドイツ、ベルギーでは、ボンボンショコラを「プラニネ」と言います。
スイスチョコレートは、《スイスチョコレート》というブランドを守る為に、スイスのチョコレートメーカーによって組織された「チョコスイス組合」により、国外のチョコレートメーカーがスイスチョコレートを名乗ったり、模倣する事に敏速に対応し、訴訟もいとわず、模造品が出回らないように非常に厳格な規定を設けているそうです。
パッケージにマッターホルンの写真を使って提訴され、負けたイギルスのメーカーもあったそうです。
そこでちょこっと、スイスチョコレートの歴史 など調べてみたくなりました。ここからは、付録です。
カカオ豆の原産国は中米(メキシコ・グアテマラ辺り)です。
マヤやアステカ文明の時代には、通貨として使われたほど貴重だったカカオ豆。
やがてスペインへ持ち込まれたカカオ飲料は、非常に高価な薬や興奮剤としてお金持ちの間に広がり、
スペインの王妃がフランス王ルイ13世に嫁いだ際に、スペインからフランスに持ち込まれました。
チョコレートは、一部の裕福な人々にのみ愛飲され豊かさのシンボルとなり、フランスからヨーロッパ全土の特権階級の間に広がっていったのです。長い間、チョコレートは飲み物でした。
スイスへは、1600年の終わり頃チューリヒ市長によってベルギーのブリュッセルから持ち込まれ、国内に密かに広まって行きました。でも1700年代には、チョコレートは性欲を盛んにする媚薬であるとされ、チューリヒ州議会は“高潔なスイス市民には合わない”という理由からチョコレートを飲むことを禁止した事もあったそうですо(ж>▽<)y
スイスでのチョコレート会社のはじまりは、イタリアの2つのチョコレート会社が、ベルンの製紙工場跡にチョコレート製造工場を開いた事によります。その後の変遷を経て、1792年にスイス初のチョコレート店がベルンにオープンしました。
スイスはチョコレート製造にとって理想的な条件を備えた国だったのです。
まず、スイスには数多くの川が流れており、急流な水力を製粉装置の原動力として利用できる事。
さらに、ヨーロッパの主な流通経路がスイスを通過している事から、原材料や、ヨーロッパの食産業に蓄積された様々な製造のノウハウを容易に取り入れることが可能であった事、など。
スイスには、長い移民の歴史がありました。田舎に住んでいた人々の生活は苦しく、多くの人々が職を求めて国外に移り住んだ中に、チョコレート製造技術を移住先の国に持ち込んだ人達がいました。発明と経営の能力に長けたスイス人は、やがて、ドイツ、ロシア、北欧、又、当時最高のチョコレートと称されていたイタリアにも、スイスチョコレートの先駆者たちが会社を設立しました。
チョコレート製造技術の分野においても数々の重要な発明が行なわれました。1828年、ヴァンホーテンココア に名を残すオランダの科学者のヴァン・ホーテンが、高品質な液体チョコレートを製造するために水圧機を開発して食用チョコレートの製造技術開発の基礎固めを行い、ココアバターを分離させ、水に溶けやすいココアパウダーの原型を作りました。
分離されたココアバターから、固形チョコレートが開発されるのは、それから更に20年後のイギリスです。
またその20年後には、スイス人のアンリ・ネスレが粉ミルクを開発。あの世界的企業ネスレ社の創業者です。その粉ミルクを使って、1876年にスイスのペーターさんによってミルクチョコレートが発売されたのです。同じ頃、ロドルフ・リンツが口どけの良い滑らかなチョコレートを作るための精錬装置を発明して、この二つが結びつき、スイスチョコレートは、飛躍的な発展をしました。
カカオ豆には、紀元前2000年から始まる、4000年の歴史があります。固形になってからは180年足らずとは言え、なんと悠久のロマンあふれるチョコレートの歴史でしょう。
各界の著名人や芸術家が愛したそれぞれのブランドや店などをたどって見るのも楽しいです。
一粒のカタツムリチョコレートも、そうして見るとなかなか奥深い貴重な存在に思えてきます。
因みに、日本に来たのはいつ頃?
江戸時代1797年の長崎の遊女がオランダ商人からもらった品物リスト『寄合町諸事書上控帳』に記されていて、「しょくらあと六つ」とあるそうです。『長崎見聞録』には、「しょくらあと」をお湯の中に削って入れ、卵と砂糖を加えて茶筅で泡立てて飲むと記されていて、日本でも薬として用いられていたようです。
日本で最初にチョコレートを加工製造・販売したのは、東京・両国の米津風月堂。明治11年(1878年)のことでした。このチョコレートは「猪口令糖」という当て字で新聞でも報道されたそうですが、まだ日本人の口には合わなかったのか、普及しなかったようです。
日本でカカオ豆から一貫したチョコレート製造が始まったのは、大正7年(1918年)、森永製菓が最初です。このあと明治製菓も製造を開始し、ようやく日本でもチョコレートが広がり始めました。
そういえば、映画「チャーリーのチョコレート工場 」。
全編に甘いチョコレートの匂いが漂っていたような・・・。
好きな映画です。
( ゚ ▽ ゚ ;)タハ~、今日は長くなりました。



