フェイトフルウォー!!!
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(心配事もあって 競馬も・・・・だったんですが~・・)
 
ありゃりゃ!!
あの 放馬くん!!!
東京スポーツ杯2歳Sに出走するではありませんかラブラブ!
 
しっかりとマイ注目馬さん。
これは 馬券買わなくちゃっ!
 
追い切り 見たら坂路終い12秒台であがってきてましたチョキ
(しっかり 鞭入れられてにひひ
 
父ちゃんステイ 3頭も出走してるけど
ま 人気は別の腹違いだろうし。
これは たのしみ!!!
今度は 思いっきり逃げてくださいよwwwフェイトフルウォーくん!
(難しい名前もしっかりおぼえたぞぃ
 
 
 
 
 
まだ 救命救急病棟の部屋にいる母。
 
面会時間も 細切れに30分との事。
仕事の合間を縫って 会いに行ってる妹からの報告によると
嚥下障害もまだあり ゼリー状の食事もむせる時もあるらしい。
 
すぐにでも行こうと思ってたのにあの後風邪を引いてしまった私。
 
やはり 毎日聞いていてもどんな状態か
どうしても あの手術の日の元気だった母の顔をしか思い浮かばず
想像がつきません・・・
 
片麻痺 どこまで 回復できるのか
 
娘と母 
正直 父の時とは違ってショックも 日に日に・・
いきなりだったせいもあるのか 私自身 精神不安定になっています。
 
やっと 咳も収まり 何とか行けそう。
 
月曜日から 病院の近くのホテルを取って3日間
会える限り。とにかく顔を見せなくては。
高齢と言っても まさか こんな形で最後の人生に向かうとは・・
 
ただ 聞き取れない言葉で
妹にも 弟にも
(私には 子供がたくさんおって良かった)
と。
 
何だか そんな気の弱い言葉吐くなんて 
けど しっかりしてるのかな頭は?
等と 少し ほっ。
頑張りやで 超真面目な人なんで
多分 リハビリも 言われるとおり相当頑張るだろうなって
 
妹と電話口でお互いに泣き笑いしてしまいました。
 
けれど
離れた所に住んでると 親孝行ってなかなかできないもんですね・・・
 
 
 
 
こういう事を記事にしていいのか
かなり 考えましたが・・・
 
一昨日 母の膝の手術に立会い(勿論私は外ですが) 術後も3時間ほど
様子を見て帰路に着きました。
 
病室に戻って来た母は 意識もはっきりしていて
ちょっとした会話も普通に出来ました。
(話たいから 入れ歯取って)
と 今まで上の歯が義歯だとも知らないほど きちんと入れている人なので
多分 容姿を気にするところもあったんだと思います。
 
母は この変形性膝関節症という膝の痛みで もう4度目の(両足なので)
この同じ病院で 人工骨をいれる手術を受けています。
 
ですから 術前も
(もう 慣れてるし また自由に歩けると思うとワクワクしてるとよ)
と 笑顔で話していました。
 
3時間近くの手術でしたが
担当医の説明でも
(順調に終わりました。 明日からリハビリです)
 
その言葉に安心して
ベッドで まだ点滴は受けてる母に
(良かったね! もうこれで安心だね)と言うと
母も うんと頷いていました。
 
術後も 看護士さんが 10分置きにはバイタルチェック
(000さん こっちの足 触ってるのがわかりますか?)
と 声かけて貰っていました。
 
術後の合併症の予防として 足首の血栓防止の為の 空気マッサージの
可動機もつけてありました。
 
その後 
(貧血があるので 輸血します)
 
ちょっと心配でしたが
帰るねという 言葉にもちゃんと反応していました。
 
ところが
今朝になって 妹に電話があり
(脳梗塞を起こされているようなので 救急車でOOOに搬送します)
 
もう びっくりです。
 
妹も出張の帰り道 昨日のお昼に寄ったんですが
(なんか 眠そうで会話が出来なかった)
 
今から思うと もうその時点でおかしかったのではという気が。
 
救急救命室に運ばれたんだけど ずいぶん待たされてと。
日曜という事も不運なんでしょう。
弟妹とも丸一日 病院に居たらしいのですが
やはり  白く脳がなってるところがと。
 
今まで軽い一過性の梗塞があったらしく 溶血剤を服用していたんですが
全く 手術という事で 輸血もあり 逆の対応しか出来ないわけです。
 
手術した左のほうが 麻痺を起こしているらしいです。
 
自分でもおかしいと 気づいているらしく
はっきりした言葉は 話せない状態で
(私の脳は どうかなってると?)
と聞いてきたそうです。
 
安心させる言葉しか言えなかったけど・と妹。
 
今は なんで? 次の日からリハビリって言うくらい
回復して当たり前なのに 
昨日一日  病院スタッフは 気づかなかったの?
と 不信感にかられている所もあります。
 
あんなに また 元気に歩けると喜んでいた母が
現実を知った時 どうなるのか・・・
まだ 車も運転して ばりばりお洒落もしていた母なのに。
 
こういう運命だったと思うしか仕方ないのかな
と思ったりしています。