小島太厩舎の 調教助手 
 
小島良太さんの  メイショウレガーロの事が昨日
すぐにアップされていました。
 
(原文のまま  掲載させて頂きます) 
2010-11-28 17:22:37

レガーロ

テーマ:ブログ
レガーロ、死んじゃった
中止したのわかってすぐに馬場に走って迎えに行ったときにはもう脚がぶらぶらになってて。でもあいつ、係の人たちに触るな、って感じで抵抗して。馬運車に一緒に乗って診療所に向かう間、さっきまで大暴れしてたのに僕に顔寄せてきて。きっとあいつは僕なら助けてくれるって思ったんだと思う。診療所に着いて獣医に引き渡したらまた大暴れして。処置室に入れられててもずっと上にある隙間からずっとこっち向いて助けを求めてた。薬殺の注射打たれたら普通ならすぐに死んじゃうのにあいつ、横たわってもう死んでるはずなのにずっと身体がピクピク動いてて。死にたくなかったんだよ。絶対死んでたまるか、って最後の力振り絞ってたんだと思う。僕も厩務員さんもワンワン泣いたけど親父も泣いてた。どの馬が死んで悲しくないわけないけどあんなに泣いてる親父見たの初めてだった。レガーロ、大好きだった。やんちゃで手の掛かるやつだったけど大好きだった。みんなにもたくさん愛して貰った。今はこんな話ししか書けません。みんなが心配してくれてるからみんなにも知ってもらいたくて書きました。レガーロは競走馬を全うしてないし、まだまだやんちゃしながら生きたかったと思う。昨日だって元気に飛び跳ねてて、今日だって元気に競馬場に来て。死ななきゃいけないような悪いことなんて何もしてないのに。なのにどうしてこんな結末になるんだろう。

レガーロ、ごめんなさい。
 
 
 
 こんな気持ちで馬と関わって居られるんだと
競馬を知らない人も知ってもらいたくて 記事アップしてしまいました。
 
ずっと ギャロップの
(僕とお馬の内緒のお話)
という 小さなコラムが大好きで 買った時は1番に読んでいました。
 
とても馬への温かい気持ちが一杯溢れていて
正直な気持ちがたくさん綴られていて
 
たくさんの馬たちが レガーロと同じだって
知っているんですが
分かっているんですが・・・・
 
 
ただ こういう世界に競馬があり そして馬たちがいるという事を
一競馬ファンとして  馬券細々ながら 買っています。
 
 
 
長い審議の ジャパンカップ
いつまでも 審議のランプのまま 嫌な予感が・・・
 
やはり 彼女だった
イメージ 1
 
日本で1番強い と信じて疑わない私です。
 
本当に何故か ブエナビスタは不運な最強馬だとつくづく。
 
勝てるレースもとりこぼしあり 秋華賞では2位からの3着降着と。
 
ま~ スミヨンJが晴れ晴れとウイニングランをしてくれただけでも
良しとしょう
多分 彼女も自分が勝ったと自信は 失っていないと(^^ゞ
(カワカミプリンセスの降着はそのまま後々まで ケチが付いたような
感じで いや~な気持ちだったから)
 
多分 不利を受けなくとも ブエナが勝っていたろうと思える
着差だったのでは。
繰上りとはいえ 薔薇一族の悲願も叶った訳です・・
馬券的には
3連複は当りましたが・・馬単はあせる 
 
調べてみると
過去15戦(日本)
あの伝説の新馬戦(アンライバルト スリーロールス リーチザクラウン)
の時でさえ 1番人気目
以後 ずっと1番人気を通しています!
 
これは凄い!!
 
なんとも すっきりしない大舞台ジャパンカップでしたが・・・
ペルーサ このまま出遅れ直らなかったら あ~勿体無い)
 
みんな 無事だっただけでも。
 
ただ そんな中
メイショウレガーロの競争中止 予後不良はとても心が傷みました。
最後の直線ハナに立つと走るの止めてしまう
2番手で上手く追走していて もしかして今日は!
と 思った途端
これは 凄い故障ではと不安的中でした。
 
小島良太さんのブログでいつもたくさんの写真
そして ウマっ気強すぎ!!の面白いエピソード見てただけに
どれほどの衝撃かと思うと・・・
ほんとうに 残念です。
 
競馬って 勝ち負けだけではない ただ馬が走るだけではない
いろんな事を 心に残すものなんだなと改めて思ったものです。
 
 
 
 
 
 
 
膝の手術の日より 10日目に対面した母。
 
一変していました。
たった一日で こんなに人間って変わるものか。
正直 別人と言っても過言ではない状態でした。
 
脳梗塞が こんなに怖ろしいものだとは
私の利用者さん同じ病気を持ってる片麻痺の人がいても
ある程度症状が落ち着いた方ばかりだったので
初期状態が わからず。
 
梗塞を起こして1週間目ですが 
まだ 鼻からの経管栄養食
嚥下が 全く出来てない状態でした。
 
生理食塩水やらいろいろ いくつも点滴され
心電図も モニターに映し出されていました。
 
言葉は 聞き取れない部分が多いのですが
ある程度 言ってる事や 周りが話す言葉は耳に入ってるようです。
 
主治医からも
説明がありましたが
(膝の問題があるので もう歩くという事は無理でしょう。
少し 意識障害みたいなものも 残ります)
 
直前まで 車の運転していた人?
私を まだ叱り飛ばしてた母親?
 
正直 信じられない気持ちで
1日目は 麻痺の無い右手を握りながら
涙がポトリ・・・・
でも 悟られないように 無理に笑顔で
思ったより元気 安心した)と。
 
けれど 行った時がちょうど回復期に差し掛かっていたのか
2日目以降は、
 
すべてお茶も片栗粉を溶かしたようなゼリー食ですが
少しづつ 飲み込めれる様に。
 
しかも 
私とは 性格がそっくりと言われるほど似ているせいか
よく口げんかしていました。
 
ふっと思い出すのか憎まれ口まで叩けるようになりました。
ベッドから 手招きしたと思ったら
(あんた 寄り付きもせんで)
 
は~・・・です
 
手術の日だっていたじゃないか
今だって 泊り込みで来ているのに
しかも 昼間も夜も。
側に居る看護師さんも
(何度も来られてますよ)
 
里帰りの事を言ってるのか?
 
笑いながら私も 看護師さんに言います
(この母 みんなで里帰りするよって電話すると
よか~ あんた達が来ると掃除もせんといかん  私が大変
こんでよか! そんな事言う人だったんですよ 行きたくても行けないんです)
 
すると母が それにはすぐ反応して大きな声を出して笑いました。
 
う~ん しっかり頭はしているっ!!
 
ただ プライドの高い母です。
娘には 弱みを見せたくないという気持ちがあったのか
私には 時々 怒った顔をする時があり
不可解な 哀しい気持ちにもさせられました。
 
 
後で 気づいたのですが
私の職業柄
もう 私の意識には 母親というより 介護される人という部分が
多すぎたのではと。
 
食事介助も排便も 思わず手を出してしまいました。
 
きっと まだ母はあくまでも娘には強い母
そして自分の状況を把握できてない
 
そういう事だったんだと。
4日間 側に居ながら
私は 何をして来たんだろう
 
嫌な思いばかりさせて来たんじゃないのか・・
 
いつまでたっても その気持ちが拭えず
今も うつうつした気持ちが続いています。
 
父も相変わらず寝たきり状態でしたが
こっちのほうは
なんでもしてくれ 甘えたい なのでそんな心配は不要なので
気が楽なんですが・・・
 
次に母に会うのが 正直 怖い気持ちのほうが強いというのが
偽らざる心境です。