今日 宇城 熊本市と 震度4という数字が速報で 流れ
弟 妹家族に電話してみました
最近は 日に震度3 とかが2.3回で 収まっているんだな
あの時 そんなに家にひずみは無いと言ってたので
少しは安心感もあり また あんまり電話しても
何もしてやれるわけではなく かえってゆっくりできる時間を
潰してもという気持ちで
ここ3,4日 連絡とっていませんでした。
まずは 宇城 要するにメインの松橋に住んでる弟の嫁さんに電話。
(テレビでは たいして 言わなくなったけど
現実には しょっちゅう 揺れてます。
震度3なんて発表されても
うそ! そんなもんじゃないです。
とうとう 我が家は 瓦も落ちてブルーシート掛けてるし
窓のサッシも開かないんですよ
それに 固定してるはずのピアノさえ
30センチも ずれて来ました。
親の家は もっとひどいです
2階建てがいけなかったのですかね
吹き抜けの所から
壁には亀裂が一杯 母も 一体修理にいくらかかるんだろう
建て替えるってことは 出来んし)
そんな話でした
このおうちは まだ15年くらい?
しかも 家屋だけで5千万という豪邸でした。
避難しても 精神的に耐えられずもうずっと家に居ます
水は 時間限定ででるらしいんですが
やはり 普通の生活は一般市民も出来てないようです。
弟の住んでる地区は市内以上に
後から移動してきた不知火断層地帯のようです。
宇土 天草と 地震が南に来てますが
ほんとに 弟の新米の頃の赴任地ばかり。
教え子たちのことも 気がかりなようです。
熊本市内にいる妹は
(そうなんよ!! 今日のお昼の震度4の時は
事務所のビルも凄く 揺れて パソコンなんてグラグラだったよ)
そして 同じことを言ってました。
テレビの速報の震度は 当てにならない
震度3なんて言っても 絶対違う
ホント言って 3の時はもう4の揺れ
要するに その位 家屋が弱体化してるということかもです
今まで うちは 散乱しただけで外は大丈夫 瓦も落ちなかった
と言ってた妹が
(いや いや やっぱり 亀裂も壁には入ってる
そのうえ 震度1だろうが2だろうが もう ミシミシ ギシギシ言うようになった
旦那が こりゃ 潰れるバイて言ってるよ)
と同じようなことを言ってます。
新幹線も全線復旧したといかにも
復興に近づいているようですが 実際はもう一つ大きな地震が来たら
辛うじて保たれてるだけのほとんどの民家が倒壊するのではないかという
危惧感みたいなものが漂ってきました。
東区の武蔵丘に住んでる友達も
積水ハウスなんだけどね~
吹き抜けから 階段にかけては 大きな亀裂だようと
嘆いていました。
ほんとに 安心して眠れない状態がいつまで続くのか
弟も学校ももう開校しょうという事になってるけど
実際は 避難の人達が居るから共存するという事は出来んもんね
休んでいてもいいけど 毎日片づけに出とる
そう言ってました。
と まだ 誰も熊本市民は 今迄の日常は取り戻せていないようです
もし 自分がこの土地に住んでたらと思うと
弟妹には申し訳ないけど
まだしも 自分のこの平穏な日常が ひどく ありがたいものに
思えて
ほんとに 何をただただ 不満を漏らす日々をひどく不遜に思えるようになったこの頃です。