



よく 裁判で 心神喪失とかで 形が軽くなったり 腑に落ちない点も多く感じて なぜ?
という疑問にぶつかります。
小説とかで 人の心の奥底に隠れた闇とか でも 私は 自分の心は 凄く単純で 自分を自分で
(なぜ そういう態度を取った・とか そういう 不可思議な事を自分でも理解できない)なんて
事が あるのか やはり この歳でもありません。
というか 自分では 人から見たら 何で? という事も 自分の中では 解ってやってるような気がします。
でも きっと それは まだ そこまでの不幸なことに 早く言えば 自分を見失うような
人生では 無かったのかと。
つまり 心身ともに 耐えられないほどの 心の傷みに 出会ったことが無い と いう事になるのでしょうか?
シェルの 心が 本当に わからない
人の 心が わかったような事を 利用者さん(介護の仕事をしているものですから)に言ってるけど
正しいのか?
今 人も動物も 全く 心は 同じなのだと シェルの病気以来 考える事が多くなりました。
でも どうしても 楽にしてあげる事が出来ない。
本人でないと絶対 わからない
きっと そうなんでしょうね。
何とか 手助けできたら・・ そればかり 考えて 毎日が おわっています。
心が 読める エスパーだったら・・
それが どんなに 不幸かというのは (七瀬 ふたたびでいやというほど)。
シェルは まだ 元気です。 見た目は。
アップした写真のように ある時間(シェルの体内時計) 私がトイレに行くと 散歩と
思います。
付いて来たと思うと 必ず 鼻先で 少しの隙間を見つけて クイッと 器用に。
鼻の長い シェルティの 得意技!
これをやられると 負けます。
食べれなくても 散歩の元気は 残っていると 少し 嬉しく。
ほとんど 歩きたがりません
電車に反応 そして すぐ 木陰で へたります。
今日は シェルの へたりの横で アゲハチョウが 逃げもせず のんびり あざみの蜜を。
今までだったら 多分 シェルは ん・ と 立ち上がるのですが 眺めたまま
蝶も (こいつ 弱ってんだ) と 分かってるんでしょう ずっと そのまま・・・
今日の 私の 利用者さんも 2年の おつきあいになりますが どんどん 弱られていかれるのが
眼に見えて・
本当に まだ 一人で 居られるのが 限界かな と。
ご自分でも とても 感じておられるのが 分かります。
少し 錯乱状態に 陥っておられますが その 言葉の はしばしには (自分は 本当に一人ではないか 誰も わかってくれない)という不安が 感じられます。
きっと 私達 介護員では ダメなんだ心底 家族を求められてるんだ と やはり 思います。
シェルも 私を 介護者として 求めてるんじゃないんだ 家族として 頼ってるんだと。。。
何だか 私のまわりは 今 本当に生死に かかわるような 人達が多く(そういう年代になったと
いう事でしょうが) 自分は 果たして そういう状態に陥ったら その 心は?
怖ろしくも あります。