もう何年も前のことになるが、私は精神的に極めて低迷していた時期があった。いわゆる「病んだ」状態であった。朝起きてから寝るまでの全てが鬱であった。このような精神状態は、よくトンネルに喩えられるが、私はトンネルという喩えは(不適切とまではいかないが)実態とは少し乖離しているきらいがあると思う。トンネルに喩える人々は、往々にして「鬱を乗り切った」「鬱にならないだけの心のエネルギーを元々持ち合わせていた」人であるためである。だから光が見えるイメージとセットで語られるのだろう。実際は、マンホールの穴に落ちたような感覚ではないか。蓋は閉められて、下水が流れ、真っ暗でものすごく不快な気分になる、そんなところに閉じ込められているような感覚と言った方が、より適切であるように思う。鬱から抜け出すのはそこから無理やり這い上がるようなものである。やはり、体に染みついた臭いはそう簡単には取れないし、その空間に閉じ込められていたことを時々思い出す。つまりは、フラッシュバックが起こりうる。それほどまでに、一度精神をやられてしまうと大変なのだ。

 

さて、この曲はTVアニメ「少女終末旅行」の劇伴のメインテーマである。もう7年も前のアニメになるというのだから、時の流れは恐ろしい。テレサ・テンもびっくりである。原作は漫画であり、アニメはメディアミックスの一環である。私はこの作品はアニメで知った。アニメは全話観たのだが、「記憶は薄れるから記録するんだよ」という台詞が印象的であったことは今でもはっきりと覚えている。

この作品は、「絶望と、なかよく」がキャッチコピーである。「絶望」が作品の中で重要な役割を果たす。

 

この作品に出会ってから1年ほどして、私の精神状態はまさしく「絶望」の淵に追いやられてしまった。その頃、なぜかこのアニメのサウンドトラックを買っていたので、聴いてみた。メインテーマは6分ほどの曲であった。最初は「長い」と思った。しかし、何度か聴くうちに、曲の中に「優しさ」「温かさ」を確かに感じることができた。曲調は明らかに「冬」を意識していると思う。なのに、暖炉のような温もりがそこにある。調べたところ、全体的に子守唄を意識して作られたものであったということが分かった。その温もりの正体は、MAYUKOの清らかな歌声である。「生まれたての子供に耳元で聴かせるくらい優しく歌って」というオーダーに見事に応えている。

 

冒頭で述べた通り、このアニメが放送されて7年になる。放送後の私の人生には、「絶望」的な出来事が何度もあり、「絶望」的な精神状態に陥ることも何度もあった。2024年を迎えた今、ようやく「絶望と、なかよく」することが出来つつあるように感じる。この曲がどれほどそれに寄与したかは分からないが、人生を変えた一曲であることに変わりはない。

 

【楽曲情報】

作曲:末廣健一郎