2週間前に結婚した友人から
夫婦のことで相談を受けてます。
内容は伏せますが、
簡単に言うと
旦那さんがする!と言ってることを
友人は絶対だめ!と反対。
ありがちな
夫婦の意見の相違です。
友人は旦那さんに
はっきり否定をしておきながら
私に言ってきた言葉は
「夫婦は鏡」
ようは旦那さんや義理両親を
大切にすれば
自分にも返ってくる(であろう)。
それを成長と思うしかない、
らしいです。
まぁ、たしかにそうだね。
でも、なんだかしんどそうだね

(もうすでに、旦那さんと違うものが映ってるじゃん!って思ったりもしますが
)
)私がたった2年弱の結婚生活で
気づいたことは、
「夫婦だけど他人」
ということ。
それは冷たい意味ではないです

結婚しても私は私の人生だし、
主人は主人の人生であり、
私は私の考え方もあり、
主人は主人の考え方もある、
ということです。
『家庭』、『家族』
という枠組みから逸脱していなければ
私はそれでいいのでは?
と思えるようになりました。
もともと私は
主人に依存してるところがあって、
そうなると
どこかでgive&takeを
求めてしまうんです。
だから主人の両親には
良いところを見せようと
背伸びをしていました。
頑張れば頑張るほど、
主人に喜んで欲しい、
認めて欲しい、
大切にして欲しい、
私にも嫌なことはしないで欲しい、
と求めることが多くなりました

でも、
それって私が勝手にやっていたことで
私は頑張ってる、努力してる
そう思いながらしていても
主人や義父母には以外と
伝わってなかったりするんですよ

無理に背伸びをしていた私は
キャパオーバーになり、
とうとうキレてしまいました。
それは今までの努力が
水の泡になった瞬間でした

その当時、
夫婦で大きな問題もあったりして、
それはまだ傷がカサブタにも
なっていないのですが
とにかく紆余曲折の1年間でした。
結婚生活、夫婦とは?
悩みに悩んで出た今の私の答えは
「夫婦だけど他人」
ということです。
それは、タイトル通り
“否定も肯定もしない”
ということなんです。
たとえ、
私が賛成できないことでも
否定もしないし、
肯定もしない。
ただ、
主人が決めたことを信じるだけです。
そして、
時には応援して、
時には祈るだけです。
だから、返事は
『へぇー』
でOK❗️
だって、
賛成できないことを
「賛成するわ!」
って自分の気持ちに偽って言っても
あとあと気持ちが苦しいし、
かと言って、
否定をしても
「はい、そうですか」
って受け入れてもらえるわけでも
ないですからね。
だったら、
自分の夫を信じて
「お好きにどうぞ
(私も好きにやらせてね
)」
)」の方が良くないですか?
そして、
主人はきっと
私の好きなようにやらせてくれると
思います。
主人の場合は、
私を信じてるというよりは
自己責任でどうぞ、
という感じでしょうけど

まぁ、そこはどっちでもいいです。
(と、思えるようになりました
前はそう言われると「なんで、そんな風に言うのー
」ってなってたけど。)
前はそう言われると「なんで、そんな風に言うのー
」ってなってたけど。)いろいろ、格好つけたりして、
自分に無理してストレス溜めて、
妊娠前よりずっと体重も減って、
精神的におかしいのではないか?
と思ったりもして、
宗教以外のことは大概のことに
すがったりして、
辿り着いた答えが
「夫婦だけど他人」
でした。
えらく、遠回りをしたもんです

嫌なことはしない。
無理なことは断る。
これ、大事

義父母も自分たちにとって
出来た嫁でいてくれるよりも
息子が夫婦仲良く、
健康で穏やかに暮らしている
そっちの方が重要なんです。
私はキレたとき、
それに気づきました。
私がやっていた、
義父母への配慮なんて
大して意味はなかったのです。
結局は親はいつまでも
自分の子供が一番大事なんです。
私の両親も例外なく
そう思ってると思います。
そして、私も娘をもって
そう思うようになりました。
だから、夫婦仲良くしていくには
お互いにあった
“距離感”
が必要ですね。
お互い
無理なく、
尊重しあって、
労わり合う。
これが
心と身体の健康にも繋がると思います

それでも、
パートナーが判断を間違えたら
一緒に考えればいい。
パートナーが首が回らなくなったら
そっと油を差してあげればいい(笑)
誰でもやる前から
あーだ、こーだ、言われるのは
気分良くないもんですもんね。
生活を脅かすことって
そんなにないもんです。(と、思います)
まずは
自分が選んだ伴侶を信じよう
と私は思います。
(覚書)
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