夫婦喧嘩をするとき、
攻撃する側と攻撃される側に
だいたい分かれますよね。


私は例外なく『攻撃する側』です。


私が今まで付き合ってきた彼氏たちは
幸い暴言を吐いたり、
暴力を振るったりする人ではなく、
喧嘩になると貝のように
ジィーーーッと
何も話さなくなる人ばかりでした。


そんなに多くの人と
付き合ってきたわけじゃないけど、
男性は“貝のなるタイプ”が
多いような気がします。


私の場合ですが、
理論的に責めて、
反論の余地なし!の状態になるので
結局相手から「仕方が無い」と
言われたり、
黙り込んでしまうとかで、
コーナーに追い込まれる気分に
なってしまうみたいです。


全く、可愛げがなさ過ぎますねガーン


毎回、喧嘩をしたときに
「どうして、こうなるの?(こういうことするの?)」
と理由を聞いても口を閉ざす…。
「何を今、考えてるの?」
と理由を聞いても
「別になにも。」
と返事とも言えない返事が戻ってきて
また口を閉ざす…。


口を閉ざされてしまうと、
会話のキャッチボールができず、
一向に話が前に進まないので、
ある喧嘩をしたときに
「今、どんな気分なの?」
と聞いてみました。


そうしたら主人から
予想してなかった言葉が…。
「そんなに怒らないで欲しい」
と言われました。


そこで、夫が
“叱られてる‼︎”
と思っていたことに気づきました。


私は怒ってるつもりなんて無くて、
ただ私が嫌な思いをしたので
同じような思いはしたくないから
やめてね、気をつけてね、
という気持ちで伝えただけなんだけど。


夫としてみれば、
“叱られてる”
“責められてる”
と思ったいたのなら、
そりゃ会話のキャッチボールが
できないわけだ、
と思いました。


どおりで、毎回些細なことなのに
大きく膨れ上がったり
遠回りになったりするわけです。




心屋さんの本では
喧嘩をするのは
攻撃する側もされる側も
『欠乏感がある』
(心が満たされていない)
からだ、言っています。


この欠乏感は今この瞬間に
はじまったものではなく、
幼かったころからずっと
抱え続けてきたものだそうです。


小さなころに
自分の中にもともとなかった
欠乏感を植えつけた人がいるんです。


それは、幼かった自分に
「してくれなかった人」です。


たとえば、
「愛情をくれなかった」
「優しくしてくれなかった」
「安心感をくれなかった」
など、
“自分がほしかったもの”
をくれなかった人が
幼かった自分に欠乏感を
植えつけたのです。


攻撃をする側は
その“まだ終わっていない怒り”
が表面に出てきて、
目の前にいる人に
“やつあたり”
をしてしまいます。


逆に攻撃される側は、
“これ以上自分が傷つきたくない”、
“自分を守りたい”
と思っているから
ギュッと口を閉ざしてしまうんです。


結局は
攻撃する側もされる側も
“自分を守りたい”
だけなんですよね。


主人は間違いなく、
“攻撃される側”
なので、喧嘩になると私からまた
「責められてる」
と思ってしまうんです。


そんな主人を見るたびに私は
「また拗ねてる」
「また逃げてる」
と、思っていました。


でも、私が攻撃しなければ
主人は私から
“攻められる”こともないのですから
喧嘩の先に答えが
見えなくなるようなら
さっさと引き返した方が
お互いのためだな、
と気づきました。


私としては
お互いの気持ちをぶつけて
嫌なことは嫌だ、
と言った方が
その先に夫婦の絆が深まるのでは?
とずっと思っていたのですが、
主人に関してはそれは
通用しないようです。


これもまた、
『夫の取扱説明書』
ですねにひひ








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