“心の温度”とは、

私は平熱36.5℃であなたは35.5℃で低めね、
とかではなく、

手の平が暖かい人は心は冷たい
とかでもなく、

私が言う、“心の温度”とは思考的な温度のことです。


昨日、録画していた三浦春馬さんが
主演の『僕のいた時間』を主人と見ました。

こういう命に関わる内容のドラマは
考えさせられるものがあり、
今まで自分が過ごしてきた
時間の使い方に反省させられます。

私は自分だったら人工呼吸器は
付けたくないけど、 
主人や娘がなったときは
どんな状態であれ生きていて欲しい、
そう思うと主人に話しました。

自分は嫌だけど相手にはそうして欲しい、
なんて矛盾してるよねーなんて
私は話してたんですが、
主人には
「それはあなたのわがままだ」
と言われ、びっくりしてしまいました。

私はただ、
家族に迷惑をかけたくないから
という気持ちで言ったんですが
それを“わがまま”と
捉えられてしまうんですよねあせる

ちなみに主人は、
私や娘には生きてほしいけど
本人が嫌ならその気持ちを
尊重するしかない、
と言ってました。

それもまた主人なりの考え方ですが、
私は、
“無理矢理でも引き止めてくれないんだ”
と思うと、違和感を感じました。

命に関わることさえも
主人は自分の気持ちに後悔しないように
とか、考えないのですから
きっと、私が「離婚したい」と言っても
私の気持ちを尊重してくれるのでしょう。

主人はいろんな局面でそうしてきた
様子があります。
そして、周りの人間はそんな主人のことを
“気の利く、優しい人”
と評価します。

私もそう思っていました。
主人とよく衝突するまでは…。

でも、主人は自分が責任を負うのが
嫌なだけで、
肝心なところは自分で判断しないのです。

ある意味では、頭のいい人です。

そんな主人をたまに不憫に思います。
それは、私の余計なお世話ですね。
でも、私は主人のことを
本当は冷たい人間なんだろう、
と思うのです。



私は結婚する前、
長い年月、同棲していた人がいました。

かなり早い段階で
“この人とは結婚はないな”
と、思っていました。

でも、なぜ別れられなかったというと
“心の温度”があっていたんだと思います。

今思えば、
映画でも音楽でも感じる温度が
似ていたんです。

悲しいものを見たら
同じように悲しく感じてたり、
面白いものを見たら
それも同じように面白く感じてたり。

ようは、
お互い受け取り方が似てたんだと
思います。

主人とは、
そういう“心の温度”が
ちょっと違うんですよね。

この“心の温度”の小さな違和感は
少しずつ大きな溝に
繋がるのではないだろうか、
と思ってしまいます。

でも、私が生涯の伴侶として
愛し続けようと思ったのは主人でした。

“心の温度”が合っていても
愛し合えるとは限らないんですよね汗

なんででしょうね。





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