10月10日

夜、一面の星空が広がっていた。昼に2度ほど到来した激しいスコールが嘘のように、穏やかだ。その星空の下、バナナの木がかさかさと風に揺れている。辺りは電灯もなく真っ暗で、バナナの木はそのシルエットのみを浮き上がらせるだけである。

 

ルワマガナ郡ムシャセクター。ルワンダ赴任から3か月以上経って初めてアフリカらしい体験をすることになったのだが、きっかけは実に他力本願だ。

協力隊の友人で、ちょうど大学の学部も卒業年度も同じ武田くんがいて、あるイベントで彼と話す機会がありフェイスブックでもつながった。すると彼が自分の任地近くでホームステイを紹介しているというのだ。しかもなんと料金はタダ。別にお金を払っても良かったのだが、あくまでも「友人を受け入れたい」という厚意で行っているらしく、最初の人はお金を払ったが、次からはそんなことしなくても良いと言われたらしい。

 

武田君とは、そのイベントが初対面だったが、同じ大学の同期で、共通の友人が何人もいるというのは、それだけで信頼感を与えるに足りる。ブログも読んでいて、考え方などにも共感できるところが多かったのでコーディネートなどは全てお任せした。

 

出発は10月9日、日曜日。そういえば1か月前もロンドンに旅行していたのだなあと思い出す。キガリでの生活は息が詰まるほど規則的でレールの上に乗ったようなものなので、おそらく1か月に1度ほどはこうしてキガリ以外の場所に出かけるのが健康にも良いのだろう。これからは1カ月に1回、キガリ以外の場所での宿泊を目標に生活したら、相当充実させることができるだろう。

翌日の月曜日は、ルワンダでは平日だが日本の祝日(体育の日)にあたり、大使館が休みのため、実際に学校や役所が開いている様子を見学できるという利点もあった。

 

地方部に行くとはいっても、実質キガリから1時間以内で到着することができるので、朝は非常にゆっくりと過ごした。昼食後の12時40分くらいに家を出て、1時にはルワマガナ行きの急行バスに乗ることができた。キガリのレメラ地区にあるバス・ターミナルからバスが発着しているのだが、ターミナルに着いた直後に、あと残りが1席になったバスが出発しようとしており、それに滑り込んだ。家からバス・ターミナルまでのタクシー代が500円だったのに、その何倍もの距離を走る急行バスの値段が140円だったのには驚きだ。国内の移動は本当に安く済むのでありがたい。

 

ただ、バスのクウォリティ自体はそれほど良くなかった。第一に運転が荒い。通常、カーブとなれば少しは速度を落とすものだが、こちらのバスは全く速度を落とさずに走り抜けていく。ハンドル捌きを間違って道路の端から落ちれば命はないような場所でも、80キロ以上の速度で駆け抜けていくのでカーブが訪れる度に恐怖で目を閉じるよな瞬間が連続する。リアルジェットコースターに乗っているようなものだ。それに加えて、市内を走るようなマイクロバスを長距離路線にも使っているので補助席の座り心地はかなり悪くて右に左に体が揺られた。

走り出してしばらくすると、スコールが訪れた。雨の中を走っていると瞬間的に極めて視界が悪くなることがあり、さすがにそういった時は運転手も速度を緩めるようにしていた。

武田くんのブログ案内では、ムシャまでは急行バスで1時間と書かれていたが、だいたい40分を過ぎるあたりからブログに彼がアップした停留所の写真を参考に注意して辺りの景色を見渡していた。目印は、小さな十字架と青いEye Hospitalと書かれた看板だ。

・・・

あった!なんと45分ほど行ったところで写真の通りの光景が目の前に飛び込んできた。そしてそこは、少し前に唯一キガリを離れた「草の根事業のモニタリング」の帰りに訪れたところだった。武田くんのブログを見た時の既視感は、幻ではなく、自分は現にその場所を通ったことがあったのだ。

 

バスのスピードや車内の雰囲気を見ていて、このままではムシャは通過と判断したので、大きな声でPlease Stop!と言ってバスを停めた。助手席は座り心地は悪かったが、ドアに一番近く、降りるのには都合が良い席だった。

しかし、バスを降りた途端にものすごい豪雨に襲われた。バス停と思われるところにはトタン屋根がついた簡単なマーケットがあるのだが、通行人やバイクのドライバーなど様々な人がそこで雨宿りを行っており、トタン屋根を水滴が打つ音だけが当たりにこだましていた。豪雨は、キガリで経験するものよりも激しく感じられ、屋根のある場所でも横殴りの雨に打たれるため、本来野菜などの商品を展示するためのスペースの下にもぐりこんで雨を避けていた。

 

おそらく30分くらいは待っただろう。まだ完全に雨が去った気配はなかったが、しばらくは降りそうになかったので近くにいたバイクに頼んでムシャまで乗せてもらうことにした。大使館員はバイクの使用が禁止されているが、さすがにここで見られる可能性は皆無に近いだろう。

おそらく初めてということもあるし、かなり勾配のキツイ道を登ったことも影響しているだろうが、バイクはかなり乗りづらかった。特に大きめのリュックを抱えているのでバランスを取るのが難しく、少しスピードが上がると恐怖を感じる。キガリのバイクを見ていると明らかに50キロ以上の速度で走っているので、感じる恐怖はこれの比にならないだろう。

 

武田くんとの待ち合わせの教会に到着した途端、ものすごい、先ほどとは比べものにもならないほどの雨が降って来た。バケツをひっくり返したような暴力的な雨は止む気配がなく、空も一面の灰色で覆われている。教会の庭でサッカーに興じていた子供たちもさすがにこの雨には驚いた様子で教会の屋根のあるところに逃げ込んできた。しかし、その屋根でも凌ぎきれないほどの強烈な雨になったとき、傘をさしながら武田くんがやってくるのが見えた。すると、子供たちは

 

ノリ、ノリ!!

 

と叫んでいる。彼の下の名前であるノリヒロは、おそらくこの集落の全員とまではいかないが半分以上の人には知れ渡っているようだった。はにかんだような笑顔の武田くんは、自分がこのセクターで唯一の外国人なので、と説明してくれた。

雨はその後、まるで台風のようになり暴風が教会の建物を揺らした。おそらくルワンダに来てから一番激しいのではないかと思う暴風雨が止んだのは、武田くんが来てから更に40分ほどが経過してからであった。その間、僕たちは大学でのことや協力隊のことなどいろいろと話した。同じ年に卒業した学部の同期とは言っても、しっかりと話すのはこれが初めてだったが、彼の考えにはいろいろと共感でいるところが多く、これまでに話した他の隊員達よりもずっと大人びて見えた。

 

彼にとっての2年間は、「悩むための2年間」だった。これまで会社で働いてきた社会人人生、思ったよりも困難に直面していないアフリカの人々を目の前にしての現在、そして企業や家庭といったものに繋がる未来、その3つの過去・現在・未来をじっくりと見直すための場所が彼にとっての青年海外協力隊だった。僕自身も、形こそ違えど同じような目的でここへやって来た。3つの職を転々としながらも、まだ見ぬ世界、将来の自分を見つめるためにやってきたアフリカ。お互いそんなことを語っているうちに雨はいつの間にか上がっていて、空からは驚くほどの青空がのぞいていた。まったく、5分前まで台風級の豪雨があったなど、誰が信じるだろうか。

 

基本的に下水や排水システムも町には整っていないため、坂の多い地形を雨水が流れておりまるで小さな澤のようになっている。OO川の源流を辿ってみるとこんな景色が出現した、といういかにもジャングルの奥地を分け入ってこそ見られるような源流だ。しかし、ここは町の中心部。雨が上がって、日差しが出てきたのを確認して、今まで店の中に退避していた店主がおもむろに顔を出して商品を店の外に出そうとしている。

ただ、それらもごくごく少数で、ムシャは驚くほどの田舎だ。町の中心部のように見えるところがほとんどなく、気付くと畑の広がる一本道を歩いていた。井上陽水「少年時代」のPVを作るならば、こんな景色がもってこいだろう。

 

一体どれくらい行っただろうか、もう頭上が完全な青い空に変わるころに、今日のホームステイ先へと到着した。ホームステイでお世話になる家は、この辺りではかなり裕福な部類に入る家だと武田くんから聞いていた。

 

「ミリウェイ(こんにちは)」

 

ふと、反対側から歩いてくる大柄な女性が目に入った。どう控えめに形容しても派手としか言いようがない服を着たその女性はゆっくりとこちらに歩いてきた。周りのルワンダ人と比べて辺りに宿している雰囲気にも余裕が感じられた。その女性がホストマザーのフェーザさんだった。

フェーザさんはこの辺りの土地を所有しているらしく、特に仕事をしていなくても収入は得られているようだった。家はしっかりとした造りで、広い応接間には大きなソファが置かれており少し薄暗いことを除いては居心地が良かった。ここではいきなり採れたてのアボガドとマンゴーが振る舞われる。アボガドに至っては、裏庭にある木で採ったものをすぐに剥いてくれたようで非常に新鮮でおいしかった。おそらく、今までで食べたアボガドで一番おいしいのではないか。いつもならば醤油がなく、「妄想マグロ(目をつぶってアボガドに醤油をつけてたべると、まるでマグロの刺身を食べているように感じることから)」ができずに落ち込むところだが、塩を付けただけでも十分イケた。

 

しばらくして外出し、武田くんに周辺にある湧水や役場などを案内してもらった。基本的に蛇口をひねれば水が出るという生活はこの村では手に入らず、共同の水を有料で使うか、無料の湧水まで水くみに行かねばならない。水くみに行く途中では、どこまでも続くバナナ畑の景色などが印象的だったが、雨上がりのぬかるんだ道を下っていくのは容易ではなかった。僕たちはしっかりとしたウォーキングシューズを履いていたから良かったものの、ここに汲みに来る人たちは片道30分以上かかる、熱海で見られるような急こう配の道のりを、帰りは20キロにもなる水を抱えて歩かねばならない。どうやら、水道があることというのは思った以上に感謝すべきことのようだ。

 

汗だくになりながら湧水まで往復し、せっかくだからということで武田くんの家を見せてもらうことにした。一体、協力隊の人はどんな家に住んでいるのだろうか・・・

彼の家は教会の敷地内という比較的安全で守られた場所にあった。家のつくりもしっかりしており、わりと大きめの椅子が3つある応接間にキッチン、ゲストルーム、そしてバスルームを備えた居間などがある。居間にもゆったりと座れるような椅子があり、そこが彼のブログを書くための場所になっているようだ。たしかに、これならば腰を据えてゆっくりと考えて、良い記事が書けそうだと思う。

一方、水道の水流が弱く、シャワーは使うことができないようで、桶に水を溜めて体を洗っているということだった。せめてシャワーは浴びたいと思うだろうにそれでよく我慢ができると感心する。これも慣れというものなのだろう。ちなみに僕は水シャワーの生活は経験したことがあるが、シャワーが全くない生活は経験したことがない。

 

一通り見てから外に出ると、思わず息を飲んだ。

彼の家の裏庭からの眺めは、格別だった。裏庭のすぐ先が深い谷となっており、そこから下に向かって広がる風景を一望することができた。比較的近いところから遠方にかけて点在する家々やムシャから下って遙か遠くまで続いている道路を見下ろすことができた。街灯などは一切なく、目もくらむような遠方こちらに向かってくる車のライトだけがまるで星のように光りながら揺れている。辺りは一面の静寂が支配しており、人の話す声と鳥がさえずる音以外、空気を揺らすものはない。しん、とした感じとはこういうことを言うのだろうなあと思った。

 

ああ、彼の家には何てすばらしい場所があるんだろう。これがあるだけでもここに住む価値がある。僕が現在住んでいる家など、日本の基準からしても法外な値段だが、どんなに設備が整っていたとしてもこの「天空の裏庭」を備えた家には負けてしまう。せっかくだから、ということで提案してそこで椅子を並べてビールを飲んで語り合ってからホームステイ先へと戻った。

 

夕食。正直これがホームステイで一番楽しみにしていたものかもしれない。一体ルワンダ人は家庭でどんな料理を食べているのか、そしてどんな風に料理をしているのか。

6時に戻ると言ってあったので、6時30分に戻ったこともあり、既に何らかの食事がテーブルに並んでいることを想像していた。しかし、そんな期待に反してホストファミリーの裏庭を除くと、ちょうど娘のミミさん(おそらく20代後半)が腰をかがめて調理をしている最中だった。武田くんからはこの家は比較的裕福、というかこの辺りで一番裕福だと聞いていたので、しっかりとしたキッチンや水道もあるものだと想像していた。しかし、キッチンはなく、裏庭に七輪のようなものを並べて料理を行っていたのだ。もう、バーベキューと言えなくもない。ガスのコンロに比べて火力は弱いので、かなり長い時間をかけてパスタを茹で、米を茹で、フライドポテトを手作りしている。おそらく僕たちが散歩している間から作っていたので、一体何時間かけて料理をしているのだろう?と思った。

 

★🌙★

料理を見ている時、ふと見上げるとそこには満点の星空があった。正直なところ、キガリでは家のすぐ前が幹線道路で明るい街灯が並んでいるということもあり、星を見ることは不可能だ。おそらく、ムシャで見る星は、4カ月ぶりの星空だったのではないだろうか・・・こんな美しい星空を見るといつも大学1年生の夏を思い出す。サークルに入って初めての夏合宿で行った長野。酒に明け暮れるサークル連中を後目に僕は仲の良い友人と2人で星を見に出かけていろいろと語り合った。長野の星空は本当に美しかった。まるで、天が与えてくれたプレゼントのように。いつも、綺麗な星空を見る度、あの夜のことを思いだすのだ。(ちなみに友人は男)

 

そんな物思いにふけっている間も、調理は順調に進んでいるようで、キャベツやポテトが登場しては弱い火力の手製コンロで調理されている。驚いたのは、温度が比較的低いせいか、火にかかっている鍋を素手でつかんでいたことだ。ミミさんは何事もないかのように、「熱いけど平気よ。」と、調理を続けている。武田くんもそれには驚いたようだったが、二人とも鍋の温度を手で触って確かめる勇気はなかった。

外が寒くなってきたこともあり、僕たちは家に遊びに来ていた青年と話すことになった。どうやら、彼は僕の通訳として今日の夕食に呼ばれていたらしい。

 

青年:「それでだ!アメリカは資本主義だが、ロシアは共産主義。さあ、世界はどうなる?」

 

まるで安っぽいテレビ番組の司会者のように、その青年は僕たちに語り掛けて来た。僕は武田くんと顔を見合わせて苦笑していた。どこの国にもこういうタイプの人間はいると思う。学校や本などで新しい知識を仕入れると、それをひけらかさずにはいられない人間が。

その青年、メシャークは、自己紹介を終えるやいなや、何故か資本主義と共産主義の話を始め、まるで僕たちが何も知らないかのようにそれについて丁寧に解説してくれた。おそらく、今日の授業で習ったのだろう。しかし、厳密に言うと共産主義なのはロシアではなくソビエト連邦だ。しかし、敢えて指摘することをせず、ひたすら空腹に耐えた。

 

そして待つこと約2時間!9時になりようやく夕食が完成して運ばれてきた。その品数なんと7品!!おいおい、これはいくらなんでもおもてなしし過ぎだろう、というくらいの豪華な食事が運ばれてきた。米、パスタ、ポテト、牛肉スープ、キャベツの炒め、肉の煮物・・・見事半数が炭水化物というルワンダっぷりを見せてくれたが、料理のクウォリティはどれも高く、ムシャだけに、むしゃむしゃと頬張った。普段、僕はあまり食べない方だが、ここの食事は美味しくてどんどん箸、ではなくフォークが進んだ。

だいたい3回くらいおかわりしてお腹が限界を迎えたので、食後のお茶をいただくことにした。横のテーブルを見ると丁寧にも魔法瓶に入ったお茶が用意してあったので、一番乗りで頂くことにした。暖かそうな湯気が立ち上がるお茶に、ミルクを入れて頂くことにする。ふーふーと醒ましながら一口。

 

・・・

 

ん?これ、牛乳10倍に薄めただけやん!

 

なんと、そこに用意されていたのはお茶ではなく、お湯だった。その様子を見て、ミミさんが何かを持ってきてくれた。インスタントの紅茶でも持って来てくれたのだろうか。

 

「はい、これを使って。」

 

ん?これ、僕がお土産で持って来たポッキーやん!

 

どうやら、抹茶味のポッキーのパッケージを見て普通の「お茶」だと勘違いしたようで、お湯の中に入れようとしていた。危ない危ない。すると今度は奥から本物のお茶と珈琲を出してきて、どちらが飲みたいのか尋ねてくれた。

 

Do you like tea with coffee?

 

ん?僕の聞き間違いだろうか。普通は、tea or coffeeである。

すると、僕たちが返事をする間もなく、武田くんのところに、飲み物が置かれた。彼がそれを飲んでみると、本当にtea WITH coffeeだった!そう、お茶と珈琲を混ぜた飲み物を提供してくれたのだ。だが、どうやら互いの良さを殺し合っているうえに、ミルクの濃い味が加わり、コップの中では三つ巴の争いが繰り広げられ、全く美味しくなかったという。なかなか笑いの絶えない食卓だった。

 

さて、夜寝る段階になって気付いたのは、シャワーがない!比較的裕福な家と聞いてシャンプー、リンス、洗顔せっけんを持って来たのだが、どうやら今回は活躍の場がないようだ。しかし、それはそれで全く問題ない。むしろその方がアフリカらしい生活を体験したと言えるではないか。

 

少し話してから目を閉じると、深い眠りが訪れた。静寂と闇に抱かれたような深い眠りと共に、ルワンダの夜は更けていった。

 

(つづく)

 

武田君のブログ(写真付きで面白く紹介してくれてます)

http://xn--rck1ae0dua7lwa.com/2016/10/10/toyonaga/