6月は梅雨というイメージが強い。そして梅雨は、日本人のありとあらゆるネガティブイメージを一手に引き受けている。しとしとと降り続く前、乾かない洗濯物、湿気、体調不良、纏まらぬ髪の毛・・・しかし6月は、毎年生活してみて実際にそのイメージよりは良いものであると感じている。今日はその6月の最後の月曜日ということで休日サイクリングに出かけたのだが、これ以上ないほど爽やかな気候の下、無事に埼玉県戸田市にある彩湖公園にたどり着くことができた。彩湖というのは、荒川沿いに人工的に作られた湖である。今までは荒川という東京の生活に密着している川に湖があるなんて想像したこともなかったが、サイクリングでどこに行こうかとGoogle Mapを見ていた時に荒川に密着するように存在しているこの湖に気付いたのであった。今まで湖というと琵琶湖や十和田湖、または南米チチカカ湖のような巨大な湖を想像することが多かったので、東京に程近い場所にある小さな湖とは、いったいどのようになっているのか知りたいと思った。

まず池袋から埼玉の成増、川越市方面に進む大きな国道を進む。たしか国道254号線だったはずだ。ここは太くて直線が多い道路なので自動車と並走することができ、時速30キロ以上のスピードに乗ることが可能な道路だ。このあたりは普段電車通勤しているところなので地名は聞き覚えのあるものが多い。大山、上板橋、板橋、東武練馬、成増・・・自転車は軽快に普段は停車している駅の地名を通過していく。東京都心は駅の間隔が密着しているので普段各駅停車で20分ほどかかる道のりを驚くべきことに同じくらいの速さで駆け抜けてしまうことができるのだった。道脇に植えられた並木はもう6月後半ということもあり青々として緑の葉をそよ風に揺らしていた。今日は湿度も低く、風も驚くべきほど爽やかである。6月のことを悪く言う人たちがいれば、「この素晴らしい気候が6月、しかも29日なんだぞ!」と言ってやりたい。それくらい強調しても良いくらいに今日は素晴らしいアウトドア日和だ。

大型のチェーンレストランや量販店などが立ち並ぶこの通りをそれると今度はひたすら東の方向を目指してペダルをこぐ。どうやら東京のほうが高台になっており、途中いくつも坂を下るコース形状となっていた。これは帰り道がキツくなるぞと思いつつ坂道に身を任せて軽快に下り下りて行った。右側は自動車しか通ることができない専用道路となっており、大型トラックやタンクローリーなどが轟音を立てて走り去っていく。高速道路と並走する道を完全に下り切るといよいよ荒川を視界に見下ろすことになる。荒川は東京の東側を囲むように流れている川で、埼玉方面からくる人の中には、この川を超えることを東京に入ることと考えている者も多い。それまでは建物が多い、わりとゴミゴミした景色の中を進んできたのだが、川の堤防に出ると視界が一気に開ける。堤防というだけあって、他のところよりもひときわ高くなっており、眼下には東京都下や埼玉の街並みを見下ろすことができる。東京というと、派手な高層ビルが立ち並ぶイメージが先行するが、多くの人にとって、自らの町である東京は案外こういった何でもない景色だったりするのだ。ここまでやってきてだいたい1時間強の道のりである。初夏の時期のサイクリング、しかも半日サイクリングの距離としては申し分ないほど適当だ。おまけに今日は彩湖湖畔で読書をしたり小説を書いたりするのが目的だったので、とにかく自転車を漕いでそれで疲れれば良いというプランではないのでこれくらいの距離がちょうどよい。

それでも彩湖に到着したころには太陽も高々と空に上がっており、肌にぴったりと密着するスポーツシャツは背中部分が汗でぬれてしまって肌にくっついてしまっていた。私はサイクリングを始める前に西友で買っておいたアクエリアスのペットボトルをいっきに半分ほど流し込んでぜいぜいと息をした。いくらカラッとした陽気といえども寒くない気温の中、ある程度の距離を移動すればそれなりに汗はかくし、またそれが体にとっての快感になっているのも事実だ。

彩湖周辺は巨大な敷地を持った公園になっている。荒川の土手を下ったところに広がる公園は緑が豊かで、おそらく私が知っている東京都内のどの公園よりも広い敷地を持っている。そしてその中にはサイクリングロードが張り巡らされており、自転車を使えばその広大な敷地を攻略することが可能だ。ちょうどサイクリングロードは湖を一周するように作られており、それぞれのエリアによって自然が色濃く残る場所と遊具やテニスコートなどがある公園らしい場所、また坂になっているところや長い長い直線が続くところなど、変化に富んでおり私達を飽きさせない。この彩湖の目的はしかし、都会の住民や付近のお年寄りに憩の場所を提供することだけではない。いや、むしろそれは完全にサブの目的であると言っても良いだろう。それを私が知ったのは園内に流れる放送を通してであった。

「ピンポンパンポン」という古臭いチャイムのような音がしたかと思えば、「こちらは、彩湖事務局です。彩湖は皆さまの水道水を提供するために・・・」という内容のアナウンスがあった。そうか、それなら合点がいく。ここで水道水を提供するための設備を作ることはとても合理的だ。だいたい東京の都市部にはロンドンなどと異なり大きな川が無いのでこういった貴重な水源を効率よく利用するためにこの湖は作られたのだった。そのため水質保全が目的かどうかは定かではないが、彩湖周辺は自然の生物を保護するためのエリアになっており、鬱蒼と生い茂る木々や湿地になったようなところは人間の立ち入りが禁止されている。ということなので、ここは都心に近いながらも人間が一切立ち入らない生物の楽園が狭いながらも存在していることになる。それでは国定公園のようなものではないかと思われるかもしれないが、もちろんそのような人が入れないエリアと公園エリアは別になっており、三角形の形になったモニュメントが特徴的な大きな橋で隔てられている。公園側から見て左側が自然保護区、右側が公園という造りだ。そしてその橋の上は高速道路が走っている。私は公園入口から自転車を走らせてその橋が遠くに見渡せる場所まで足を延ばした。彩湖は長細い湖なので、その湖岸に沿ってサイクリングロードが設けられてところどころ屋根付きのベンチも置かれている。しかし、そういったベンチにはたいてい先客がいるので、私は持参したレジャーシートを地面の上に敷いて読書をしたいり食事を楽しんだりするのだ。たとえベンチに座れなくても大きな木がいくつも植えられており、地面の芝生の上に大きな日蔭を作っているので、十分そこでくつろぐことができる。

この雄大な景色を眺めながらそういったことを楽しむのは月曜日が休みだからこそ、叶うことだ。もし日曜日や土曜日になればここは家族連れでいっぱいになるころだろう。だって、こんなに近くに都会からの脱出を楽しめる場所があるのだから。しかし、今日のような平日ではここを散歩しているのはもう仕事をリタイヤした老人たちか少数の月曜に仕事が無い者たちだ。公園全体の雰囲気はとてものんびりとしており、まるでここが忙しい国、日本であることを忘れてしまうかのような気持ちになれる。高層ビルが立ち並ぶ場所を見学した後に外国人をここに連れてこればその違いに驚愕の表情を浮かべるに違いない。

公園のサイクリングロードを湖に沿って5分ほど進んだ柳のような木がある場所からは三角のモニュメントを冠した橋がよく見える。その上を多くの物資を積んだトラックやトレーナーがかなりのスピードで走っている。東京ほどの大都会になれば、食糧やその他の生活品を地産地消することは不可能であり、その大多数を他県からの輸送に頼らねばならない。あのトラックたちは今日、そして明日私たちが何気なく使ったり食べたりしているあの物資を満載して橋を渡っているのかもしれない。しかしその様子はこの彩湖公園内にあっては、どこか全く自分たちとは関係ない世界で起こっていることであるかのようにのんびりと見える。いったんこの公園に入ってしまえば、自分がその橋を通ってここまで来たことなど、それほど重要な意味を持たない情報となる。

 ふと気付くと、銀色のレジャーシートの上に何かの虫が落ちてきている。それは小さなころ岐阜の野原を駆けまわったころに見た記憶のある虫だった。それ以外にも小さなクモ、芋虫、アリなどが忘れたころにやってきては、私のことなど全く気にしていないかのように自分たちの本来の行くべき方向へ戻っていく。自分が座っているレジャーシートの下を見ると、そこにも自然の営みが広がっていた。我々が「地面」と呼んでいるものは、実はいくつかの異なる層からできている。一番下に見えるのは茶色くなった落ち葉、枯れて朽ち果てた草、そして茶色の地面だ。その上には長い葉を持ち、背丈が低い草が地を這うように生えている。そこから上に顔を覗かせているのは、白い花びらが密集したおしとやかな花を付けた三つ葉たちである。小さなときに、この中で稀にある「四つ葉のクローバー」を探して一生懸命になった思い出は田舎出身の者の記憶には必ず刻まれているだろう。その上を時々虫たちが飛びまわっている。それを今、私は上から見下ろしている。普段の生活の中では全く気に留めないような場所の中にこんなにも多くの営みがあったとは。自分ももし虫に生まれていれば、この世界のほんの片隅としか言えないこの世界だけしか知らずに朽ち果てて土に還っていくのだろうか。いや、私達の世界も同じかもしれない。世界や宇宙は広いが、私たちが経験できること、出会える人の数なんて限られている。そして、それらが全てだと思って私たちは生きているのだ。ひょっとしたらそんな私達の営みを何者かがどこかから観察して、人間はなんて行動範囲が狭い生き物なのだろうと、笑われているかもしれないのだ。 

 ひとりで文章に集中する私のすぐ後ろはサイクリングロードになっており、ひっきりなしに自転車に乗った人や走っている人が通り過ぎていく。こんなに風が爽やかで、太陽の光も程よい日に家の中に一日中いるなんて、もったいない!と多くの人が感じてここにやってくるのだろう。おそらく、どんなに落ち込んでいるときでも、この彩湖に来ればのんびりとした自然に囲まれて、その苦悩を忘れさせてくれるだろう。また、楽しくてウキウキな気持ちで来れば、そのワクワクをそよ風に乗せて更に楽しむことができるだろう。そう、この公園は誰に対しても開かれている。「おせーぞ、お前ら、早くこいよ!」後ろを見ると小学生くらいの男子2人が後ろを行く仲間に声をかけている。彼らにとっても、彩湖は楽しみをくれる憩の場所であるに違いない。