仕事を無理やり早めに終わらせて新幹線に飛び乗ったおかげで東京の駅に到着したのは9時を少しまわったところだった。

今日は、高校時代からの友人の金崎と一緒に飲む予定が入っていて、東京駅で山手線に乗り換えて池袋へと向かった。

そう、私はもう一度東京へと戻ってくることができた。

街全体は根底から伝わってくるような明るいエネルギーと明かりに満ちていて、金曜日の夜を楽しもうという若者でかなりにぎわっていた。

大垣駅ともなれば9時くらいになるともうしんとしてしまうが、ここは無限に人が沸いてくる場所である。
一度だけすれ違った人にはまず二度と会うことがない場所なのだ。

池袋駅も、その周辺に住んでいる人などまずいない。

みな、池袋駅から私鉄に乗り換えて西武線、東武東上線、湘南新宿ライン、埼京線を使って家路についていく。

その私鉄の路線にも20以上の駅が連なっており、その駅からは毎日何万人もの人が乗降している。

現に私が住んでいた花小金井も新宿から20分という距離があるに関わらずに数多くのサラリーマン、学生などが乗り降りしていた。

たしかにたまに「あ、この人見たことがあるなあ」という人とすれ違ったこともあるが、それらは美人だったとかではなくて、障害を持っていたり、奇妙な顔をしている人が多かった。

つまり、末端の部分でもこんな感じなのだから、池袋駅というのは、まさに様々な人が行き交う十字路なのだ。

日本には、このような駅が数多く存在している、そこでは日々、二度と会うことのない人同士の刹那的な出会いが繰り広げられている。

それと同時に懐かしさもこみ上げてきた。

人をよけなければぶつかってしまうというような状況は大垣にいてはほとんど経験することが出来ないことだ。

その無限ともいえる人間の中に、個性を持たぬただの構成要素の一つとして埋没する感覚は悪いものではない。

人が少なくて落ち着いた場所もいいのだが、このように全く自分と関係のない多くの人に囲まれているというのも、見えない力をもらっているような気がするのだ。

これこそ数がもたらす力なのだろう。


そんな圧倒的な「東京力」を肌で感じながら私は駅の中を歩いていった。

池袋は学生時代に最もよく利用した駅のうちのひとつなので迷うことなく東口まで到着することができた。

そうえいばこの池袋東口は私にとって思い出の場所である。

私の初めてのデートは2年生の夏、Lさんという子とだった。

日本とベトナムのハーフであるLさんは教職の授業で同じだったのをいいことに「今度映画を見にいこう」とさそって池袋に待ち合わせにしたのだった。

その時観た映画は有名な「天使と悪魔」であり、あの時の記憶、つまり初デートの思い出は今も頭の片隅に残っているのだ。

しかし、今日会う相手は何も緊張しなくて良い金崎である。

いけふくろの横を通り過ぎると東口の近くに金崎を見つけることができた。彼を見つけるのは容易だった。

トレードマークのFC岐阜の帽子を被っていて、服装はWID花小金井でソフトの大会に出たときの赤いTシャツに北高体操服のズボンだった・・・その服装は若者でにぎわう池袋の街で明らかな異彩を放っていた。


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