敦煌は西安のガイドの予報が全く外れて晴天だった。


しかも深夜まで雨が降り続いていたようで空気はとても爽やかだった。


到着したのが9時30分くらいだったが車内から出た瞬間に「爽快~!!」と叫びたくなるほど気持ちが良かった。



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敦煌駅に到着!



そう、今まで夜行列車を降りたときにこれほどまでの爽快感を味わったことがなかった。


チェコのプラハは土砂降りの雨、エジプトのルクソールは悪臭と湿気。


だから今回は奇跡が起きたようだった。


体力も精神力も最大限まで回復した私達はそのまま駅を出た。





すると道の反対側には何かがうごめいている。


タクシー運転手が、叫んだり手招きしながら私達のことを呼んでいるようだ。


誰がどう見ても進んでいきたくなるような雰囲気ではない。


タクシー運転手なので客引きをしなければいけないのはわかるが、あんなにがっつかれてもこちらは引く一方である。


しかし、ここで防御をしていてもホテルにたどり着くことができないので仕方なく荒れ狂う海の中へと突撃した。


すると案の定5人ほどに囲まれた。


そして交渉して40元でホテルまで行くことになった。


約15キロの距離を40とは安い! と思っていると実は相場は30元以下ということ。


まあ、ぼったくられても200円以下、ここでぼったくられるのも日本人旅行者の仕事だなあと思って一件落着。





車で走る敦煌の雰囲気は明らかに今までの2都市と違っていた。


まず、町に向かう途中で現れるはずのあの高層ビル群がない。


これは実にすばらしい! というのも私はあの無機質で群生する中国の高層アパートが大嫌いなのだ。



そればかりか砂漠と緑が続いているだけでマンション的なものは一切見られない。


これが本当に中国なのだろうかと思った。


空港近くのゲートを抜けるとひたすら一本道が続く。


その両側は人々の家と畑が広がっている。


こんなに長い一本道を見たのはアメリカのユタ州でバスに乗って以来だと思った。


この道がアメリカのそれと異なっているのは、道の真ん中に延々と旗のようなものが立っており、敦煌の何かと中国銀行について宣伝をしていることだった。


その果てしなく続くと思われた道も終わり左折するとホテルに着く。





今回の敦煌山荘は香港系のホテルで正式な4つ星ホテルである。(値段は一人一泊4000円)


まずその堂々としたたたずまいが目を引いた。



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奇跡の四つ星ホテル、敦煌山荘の内部




そしてホテルの前にはホテルマンが立っており荷物を運んでくれたことがまず我々を安心させた。


今回は昼の到着なので前と違って当たり前か。


部屋も相当きれいだった。


そしてロビーからとても豪華な雰囲気が伝わってくる。


天井にはいくつもんぼ中華風のちょうちんが垂れ下がり、1階から3階までが吹き抜けになっている。


ホテルのフロントには英語が使える人が2人くらいはいて細かい質問まですることができた。






ホテルの良さに安心した後はいきなり敦煌観光へと出発である。


タクシーの運転手に石窟と砂漠の観光をお願いした。


値段はなんと激安の130元。(一日貸切観光、約1500円)


最初は150と言っていたが交渉により20元下がるのが中国だ。


まあ、20下がったところで250円くらい得をしたに過ぎないのだが。


果たしてもと来た道を戻って石窟へと向かった。


石窟はだいたい20分ほどで着いた。




チケットを買おうと売り場へ行くと不思議なことに全てクローズされていた。


何事かと中を見ると職員全員が懸命にお弁当を食べていた。


何故に全員が食べるのか。


普通日本ならばチケット売り場を時間外以外には絶対にクローズさせないために4つあるうちの2つはクローズしても交代で休憩を取りながら2つは何とかあけようと努力するものである。


100か0かのように極端だ。


しかし、もはやこういったことにも慣れてくるようになった。


すべて中国だからという理由でなんとかなっていしまうのだ。


これにいちいち激怒する日本人は国内観光でもしていればいい。





私達はこの時間を有効に使おうと食堂へ向かった。


しかし、食堂に入るなりメニューをもらったはいいが店員が1つの料理を指差して猛烈にPRのようなことをしてきた。


うん、これはおいしいに違いない。だから薦めてきたんだ。と思うことにして頼んでいないのにその料理を頼むことになった。


しかし、なるほど薦めるだけあって味は良かった。



食事の後無事チケットを買うことができて、日本語の案内までの時間、レプリカを展示してある博物館へと向かった。


そこには敦煌の石窟寺院がいかにして守られてきたかという人々の努力をたたえる展示が中心だった。



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            レプリカ博物館では写真の撮影も可能。




それによると修復作業というのは大変な年月と努力を必要とするものらしくてこのような一節があった。


「人々はここで修復のために一生を過ごす。時が経つにつれて人々の髪の色は黒から白へと変わっていく。人々の一生はあまりにも短すぎ、それは日の目を見ることはない。しかし、現在私達が目にしている敦煌は彼らの成果であり、彼らの魂は私達の中でいき続けている。」



これが英語で書かれていた。


その横には若い女性の修復師がだんだんと年をとって最後にはおばあさんになるという4コマのストーリーが描かれていた。


それは私の心に響く何かを持っていた。



そう、世界遺産は昔のそれを作った人々の努力だけでそれになったわけではないのだ。


もし、それだけで世界遺産が残るとすればその数は今の何百倍にもなっていることだろう。


真に世界遺産を支えてきたものとは、実はそれを守ってきた人々である。


守るといってもそれには多大な努力と時間を必要とする。


時には自分の一生をささげなければならないかもしれない。


だから、私達が世界遺産に入場料を払うことは必要な行為である。


私達は彼らの努力と犠牲に敬意を払い、ありがたくそれを受け取らねばならない。


そして、今、将来もそれを守り続ける人々にも応援を送り続けなければならないのだ。






しかし、石窟寺院そのものは私の期待をうまく満たしてはくれなかった。


その理由の一つが、「修復が完璧すぎること」かもしれない。


寺院はかつてもように石窟は荒々しい岩の中にあるのではなく、人口の扉の中にあった。


しかも、部屋に入っても直接仏像が見られるわけではない。


まず我々の眼の前にはガラスの壁が立ちはだかっている。


それを通してしか美術に触れることはできない。


私は敦煌にもっと素朴で荒々しいものを期待していたのだ。かつての美術が手付かずのまま残されていて、その要塞は今も来るものを拒み続けている。


それが私が敦煌に期待するものだった。




確かに中の仏像をはじめとした仏教美術はすばらしく、それを復元した人に対して敬意を払わずにはいられない。


どうやらここでそれら全てを得ようとすることは無理があったのかもしれない。


なお、ここの寺院では日本語によるガイドがついていろいろと見学できた分、自由度は少なく見学できる部屋数も少なかった。




ここで私は始めて他の日本人にあった。


女性の2人組みで年齢は30歳くらいだった。



多分結婚できていない者同士で旅行しているのだろうが、私はその年になっても続く友情関係がうらやましく思った。






その後周辺で交渉しておみやげを買った後、次の目的地である砂漠へ向かった。



砂漠は目の前に悠々と広がっていた。


砂漠というとわりと平らなものが延々と続くことを創造していたが、ここの砂漠は違った。


山になっていてそれがやたらと高いのだ。


まさに砂の山が目の前に出現したようだ。


ここはエジプトにあるいわゆる「ぼったくり砂漠」と違って変なモノ売りや怪しく声をかけてくる人はいなかった。



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ラクダに乗るのも定額制 (1000円)



しかし、砂漠だけあってとても暑い。


エジプトの砂漠を思い出すがあれとはまた一味違っていて、こちらが本格派の砂漠という感じがする。


チケットは120と割と高かった。


砂漠の山は近くで見るととても角度が急で高かった。


上ってみるが砂なのでくずれやすくて思うように進まない。




しかし、前の人がつけた足跡と同じところをたどって行くと案外簡単に登ることが出来た


。しかし、昔の人々はこんな砂漠で遭難すればさぞかし大変だっただろうと考える。


しかも今日は気温が30度を超す真夏日でしたから砂の照り返しが起こり汗が流れ出た。


それでも少しずつ前進してやっと頂上に着いた!



 と思ったがそこはまだ頂上から見て3分の1くらいしか行っていなかったのだ。



そこからそりのようなもので下ることが出来たが斜面が急で危なそうだった(係のお兄さんの顔が真剣だった)ことから断念して月面走行のようにはねるようにして再び斜面を下った。





なぜ敦煌という町が出来たかと言うとそれは水があったからだ。


この砂漠の中にも1000年以上にわかってかれたことがない泉があったが、砂漠の中の泉、水は普段見るどの水よりも生き生きとして見えた。


やはりこの砂漠という場所の中にあるからこそきれいに見えるのだろう。


中国では少しきれいだったりお化粧している女性がきれいに見えるのと同じ原理だ(笑)



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砂漠の中間地点から下の泉を見下ろす。




今日の夕食はホテルで食べることにした。


そういえば今までホテルで食事をしたことがなかった。


大抵市街地から近く、食堂があったからだ。


しかし、今回の敦煌山荘は市街地から1キロくらい離れていて近くはほとんど何も無い。


リゾートホテルのようになっている。


だからレストランで食べた。


全体としては日本でも通じるレベルだと思った。


まず前菜の青菜と豆腐の炒め物の冷やしビールとよく合い、どんどんいけた。


そして何といっても一番おいしかったのが、海老をお茶の葉で炒めたものだ。


値段も100元という中国では考えられないほどの高価なもので味も考えられないほどうまかった。


やっとここに来て本物のおいしい中華料理に出会えた気がしてうれしかった。


しかし、ひょっとするとここのシェフは日本人かもしれない。 




次回は、 「後半戦、一人旅の始まり!」 です。 シェルボーイにあらゆるハプニングがふりかかります。



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