ニーハオ、ユーロエクスプローラーこと豊永開です。いやあ~、今回は待ちに待った夏休み。やはり長期休みといえば旅行ですね。俺の学生生活は今まで旅と共にあったといっても過言ではない。小さいときから両親の影響で旅行自体は好きだったが、留学してヨーロッパが手の届く範囲になり俺の旅行好きは一気に開花した。1年弱という短い期間で約20もの国を旅行し、4度の長期旅行も経験した。

これらの個人旅行は家族で行っていたようなツアー旅行とは異なり、計画から支払い、実行、現地でのトラブル対処まで全て自分で考えてやらなければならないという点がある。これは時に長所となり、時に短所となる。また人によってどのような旅行を好むかが分かれるだろう。私はこの旅行自体に興奮を覚え、今では最大の生きがいといっても過言ではない。

しかーし、あろうことはEuro Explorerを自称していた俺が去年の9月に上海万博のつまらないツアーに参加して以来、旅行していないだと!!もうこれは水を失った魚同然ではないか、俺は旅行さえあれば恋愛なしても生きていけるほどの男なんだぞ。といっても仕方あるまい。この1年間というのは、まず就職活動という大きな大きなイベントがあった。これで人生が決まってしまうというイベントをほっておいて旅行など行ってられない、いくら俺が旅行好きでもだ。そしてそれが終わったと思ったら授業と課外活動のラッシュ!

今回はまたまたフル単位だったので勉強に余念がないのと同時に学生留学アドバイザーの活動も「相談WEEK」という一大イベントを迎えた。


そして、いよいよそんな忙しさでMAXだった春学期も終わりを迎えた。そして私は旅行!の前にテニスに勤しんだ。オリーブが所属する新早連という団体にはチーム戦という大会があり、私は参加するつもりはなかったのだが大坪という先輩に誘われて急遽参加することになったのだ。

しかし、悪い気はしない。テニスはもともと好きだし、長い期間公式戦から遠ざかっていたのでそろそろ試合をしたいという気持ちもあったのだ。ということでテストが終わってから旅行の前日8月9日まではテニス一色の生活を送った。千葉県の柏まで練習しに行ったり、後輩に頼んで試合してもらったりといい思い出作りになったと思う。試合でも2戦2勝という輝かしい成績を残し、これは俺のオリーブでの公式戦初勝利となった。


試合が終わってすぐ俺は家に帰り、荷造りをして羽田空港へと向かったわけだ。でも、なぜ中国?と思うかもしれない。それは、中国を知らずして世界を知らず と言われるほどにいまや世界的にも影響力を持った国だかだ。

しかし、私達が知っている中国とはあくまでも外から見た中国。入ってくるニュースといえば政治的なニュース、ビジネスのニュースが多い。これでは中国を知ったことにはならない。実際に中国人がどんな生活をして、なにを楽しみにしているのかということを知らなければ真に中国を知ったとはいえない。


無論留学するにこしたことはないのだが、この時期に「早稲田版 あいのり」と呼ばれる「中国語実践習得講座」というオープン科目を履修すると「あ~、開さん彼女いなくてがっついてるんだなあ~残念・・・」という哀れみの目で見られる可能性があったからである。


実際に友人Oはこの講座を取ったと知られるやいなやミクシーが炎上することになった。じゃあここはバックパッカーで中国を旅しようと思っていた矢先である。友人達が就職活動に次々と失敗し、また金崎は大学院試験のために参加することができなくなってしまった。

よし、こうなったら一人で突撃するかと思っていると父から電話が「お前、一緒に中国行くか」 ということで父と一緒に行くことになったのです。しかし、これだけではただの観光になっていまい、旅ができないのではにかと懸念した俺はその後に個人旅行を1週間ほどくっつけることにした。

うん、これでちょうどいいだろう。まず父と旅行して人と一緒に旅するすばらしさを感じることができる。しかし、父といっても他人は他人。そのうち一緒にいることが少しわずらわしくなってくるだろう。

だからそのタイミングでスペースシャトルが打ち上げの際にロケットを切り離すように一人になって旅行するばいいのだというまさに「アポロ計画」である。

今回の夏休みはオープン科目である「インド白い革命」も履修しているため、夏休みの間で世界ビッグ2と呼ばれるインドと中国を制覇することができるのだ。



いざ中国のどこへ行くとなったときに私が真っ先に候補に挙げたのはチベット自治区である。ここは中国の一部でありながら独特の文化が継承されているうえに自然が豊かで景色も楽しむことができる。

また、遠いために長期スパンでないと行くことができないのだ。今回は学生時代最後の夏休みということでひょっとしたらもはやラストチャンスではないだろうかと考えてチベットを第一候補とした。


しかし、事はそう簡単には運ばない。もう計画の時間から旅行は始まっているのだ。チベットに行くには許可証というものを取得しなければいけないらしかったが、それを旅行会社に聞いてみると今回はチベットが70周年の式典か何かをやるらしくて許可証が発行されない可能性があるとうことだった。

何いいい!もはや中国の政治問題が立ちはだかってきたのか。とうことで50%の確立でチベットに行くか、中国にいけなくなるかということだったので、こんなところで運ゲーをするよりは確実に他の場所に行ったほうが懸命だろうと考えて普通にチベットはあきらめた。


大丈夫、まだチャンスはある。ではどこにすると考えたときに、私の考えには北京や上海、広州といった沿岸都市は候補に挙がらなかった。せっかく学生のうちの旅行なんだから他の人が行かないようなところに行くというのは私が昔から持っているちょっとしたポリシーである。

という感じで地図を眺めていると一つ変な地名があることに気付いた。フフホト。漢字4字で書かれているが何か他の都市と比べて違和感があったので歩き方で調べてみるとそこは内モンゴル自治区という場所で草原が広がり乗馬やモンゴル文化が体験できるとのことだった。

しかも、夜は草原のパオと呼ばれるテントのようなところに泊まることができる。おおおお、キタこれ。と思った。今までエジプトでは砂漠に泊まり、ケニアではサバンナに泊まった。


しかし、草原はまだコンプリートしていない。だからこれはまたとないチャンスだと思った。私はフフホトに行こうと即決した。それに加えてもともと青海チベット鉄道に乗る予定だったのでなんとなく夜行の長距離列車に乗りたいなあと思っていた。長距離列車を使うような場所は・・とシルクロード沿いに地図をたどって行くとそこにはシルクロード最大の名所敦煌があったのだ。敦煌は昔から知っている。

世界史で習ったときから興味があり、一度行ってみたいと思っていたのだ。しかしだ、夜行列車はフフホトからは出ていない。そこで一度西安を経由してそこから夜行列車K591次に乗ることになった。このようにいくつかの条件を元に絞っていった結果このルートが出来上がった。



旅程
8月10日   東京~北京 父と空港で待ち合わせ  北京~フフホト    フフホト
8月11日   フフホトからシレムリン草原へ
        乗馬やモンゴル文化見学の草原ツアー           パオ
8月12日   草原~フフホト市内、市内観光   フフホト~西安    西安
8月13日   西安一日観光                      西安
8月14日   K591次にて 西安~敦煌               車内
8月15日   敦煌到着後、敦煌名所観光                敦煌
8月16日   敦煌周辺一日ツアー観光                 敦煌
8月17日   敦煌~北京   (北京~名古屋)


ざっとこんなに風になった。8日間で6つの場所を回るという豊永旅行社ならではのむちゃぶりツアーである。「せっかくいったんだから欲張らなくちゃ」という学生ならでは発想が形になった計画という言えるだろう。 そして今回はただ旅行を楽しむだけではなく、人間的に成長することもこの旅行の目的としている。それは常々から意識している3Sの徹底である。