先日、太平洋戦争末期に戦艦「大和」とともに撃沈された駆逐艦「磯風」が大和の沈没地点から北東約10km、水深約440mの海底で発見されました、亡くなった軍人達へは哀悼の意を表します。
旧大日本帝国海軍は駆逐艦だけでも200隻も所有していたようですが、戦後はさまざまに処分されました。連合国側の引き渡し、あるいは、米軍などの射撃の標的など悲しい週末です。
それらの中で、平和利用としては、急ごしらえの防波堤にした例もあります。たとえば秋田港では昭和23年に駆逐艦「栃」「竹」、海防艦「伊唐」の三隻が沈められ、268mの北防波堤が築堤され、補修しながられ30年間に亘り砂と荒波を遮り秋田港を守り、昭和50年、港の外港展開とともに取り除かれ役目を終えました。
私自身、この防波堤の上に上ったことがありますので、駆逐艦は古い思いでを掻き立てます。